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第37話 どうする? アナウンス無視してびちゃびちゃになってみる?

はい、せーのっ。


「海だー」

「違うよ?」


間髪入れずに否定する秋谷さん。



時刻は午後1時過ぎ。



今日は秋谷さんに誘われて水族館に来ている。


「ほらあるじゃん。みんなで「海だー!!」って叫ぶシーン」

「それって海に本当に来てるから言えるヤツじゃないの?」

「でも近くに海あるし…」

「海で泳ぐ人とかが言うものでしょ」


水族館きて海だー!!っていう人は流石にいないんじゃない?と付け加える。


ところで、と言って秋谷さんは話始める。

「こういうときは、相手のファッションを褒めるものだよね?」


そしてこちらに期待の眼差しを向ける。


チェックのオーバーサイズシャツにプリーツのスカート、そして太めのダークブラウンベルトを締めている。


「…めちゃくちゃ似合ってるよ?」

「それだけ?」


おっと秋谷さん、これくらいじゃ満足しないか。


「僕の好みが漏洩してるんじゃないかっていうぐらい、そのコーデ好きかも」

「相手が自分に合わせてる、みたいなこと言うの、他ではあんまりしない方がいいよ?」


関係性がそこまでだったら普通に引かれるから、と秋谷さん。



「で、今日はどうするつもりなの?」


話を変えるために秋谷さんに尋ねる。


とりあえず水族館前に集合するように言われただけだった。

よく考えたら、水族館前にいるからといって必ずしも水族館に入るわけではない?


海行っても魚見れるじゃん、やっぱ海で、とか言わないよね。


「まぁとりあえず入ろうか」


秋谷さんと一緒に水族館の中に入り、チケットを購入した。


「秋谷さんはこの水族館来たことある?」


一番近い展示物の場所に足を運びながら何気なく尋ねる。


「小学生くらいのときに家族で来たことがあるかも」

「僕は初めてだから結構楽しみ」


へぇ、初めて、と秋谷さんは呟く。


「…」


僕たちは何も言わずに歩く。

ラブコメとかって、話してるところとか重要なシーンだけ切り取られるから、なんも話さなくって気まずい場面ってないじゃん。


絶賛、今、それなんだけど。


中学校の頃は僕が一方的に話していた。

だから気まずい時間はほとんどなかったと思う。


「「あのさ」」


間が悪い。


話しかけるタイミングが被ってしまった。


「…」


どちらとも相手が言い出すのを待って数秒の間が空いた。


「どうしたの?」


秋谷さんに尋ねる。


「いや、私が言いたいのはあまり重要じゃないから、吉川くんから言ってよ」

「僕もそこまで重要じゃないんだけど…・」

「いいよ、私は後からでも」


そう言って僕が何か言うのを待つ姿勢に入った。


「…秋谷さんって、沈黙があると困るタイプ?」

「そうだなー…」


秋谷さんが少し考えているうちに、展示場所に辿り着いた。


こういうのって、一旦話が終わってから展示場所に着くものでは?

全然フィクションと違うんだけど。


「別に嫌いじゃないよ」


僕がぼーっと巨大な水槽を眺めているとに秋谷さんがさっきの質問に答える。


「で、秋谷さんは何を言いたかったんだっけ?」


顔を合わせずに会話をする。

このほうが話しやすい。


「あーごめん、やっぱ後で言うね」


一度僕を見たあと、水槽に向かって言葉を発する。


それから、再び沈黙が生まれた。



今日は平日だからかそこまで混んでいない。

だから自分たちの声がやけに響く。


薄暗い照明の中、ジンベエザメに視線を向けた。


「目の前にジンベエザメいるじゃん」

「いるね」

「ゆっくりだから優雅に泳いでるっていう感じするでしょ?」

「優雅ではあるね」


秋谷さんは応える。


「なんで徒競走とかで走るときは優雅に走ってるって言わないんだろう?」


シンプルに足が遅いって言うじゃん。


「優雅さが足りないからじゃない?」

「もし優雅さがあれば足の遅さカバーできるかな?」

「それするくらいなら、普通に走る練習したほうがいいと思うけど」


速く走るためにさ、と秋谷さんはこっちに顔を向けて言った。


「走る練習なんてしたくないなぁ…」

「吉川くん、ホントにスポーツ全般嫌いだよね」


スポーツも僕のことを嫌ってると思ってるんだけど。

相思相嫌だね。



別の展示場所に移った。


比較的小さめの水槽。

クラゲが漂っている。


「高校生活どう?」


唐突に秋谷さんが聞いてきた。


「まぁまぁかな」

「想像してた感じになってる?」

「まったく」


でも、そんなもんだよねって割り切ってるし、今の高校生活も悪くないよ、と付け加えた。


「…中学よりも楽しい?」


少し間をおいてから尋ねてきた。


「同じくらいかな」

あまり考えずに答える。


秋谷さんは?と聞き返す。


「まぁ、いろいろあるけど高校生やってるなって感じ」

「高校生ねぇ…」

「なにその言い方?」

「僕は高校生になったからってそこまで変わった気がしないね」


時間に流されている感じ。


「そんなんだと、いつの間にか高校生活終わっちゃうね」

「なんか嬉しそうじゃん」


いや、別に?と否定する秋谷さん。



小さめの魚が展示されている場所を歩いていた。


「例えばさ、タイムマシンがあれば未来と過去どっち行きたい?」

「いきなりだね」


まぁちょっと考えてみてよ、と言って考える時間を与えられる。


目の前のクリオネを見ながら腕を組んで考える。

そういえば水族館ってミジンコの展示場所とかってないんだね。


流石に小さすぎる?


「まぁ、過去かな」

「いつ?」

「五百年くらい前」


何がしたいの、と当たり前だが聞かれる。


「歴史の知識を使って、預言者として有名になりたいかな」

「なにそれ?」


以前、瀬野くんが言ってた話をかいつまんで説明した。

真面目な知識を俗っぽい目的のために使う人いるんだね、と真面目に返された。


「なんだ普通に高校生活楽しんでるじゃん」

「ほどほどにね」

「教室通るときいつもスマホばっかり見てるからてっきり教室に友達いないのかと」


そろそろ私の出番かなって思ってたけど大丈夫そうだね、と秋谷さん。



「秋谷さんはどうなの?」


タイムマシンがあったらどっちに行きたい?と聞き返す。


「まぁ私も過去がいいな」


ぽつりと呟いた。


「その心は?」

「なに、私に大喜利させる気?」

「いや、そういう風に聞くものでしょ」

「なんていうのかな、普段使わない言葉をあえて使ってるのに距離感じるんだけど」


他人行儀になるっていうかさ、と言い眉を細める。


鋭いね。


「過去に戻るとしたらいつ?」

「中学の頃かな」


やっぱり嫌な予感がする。

僕、そういうのわかりますよ。


「どうしたの?私がなんで中学校の頃に戻りたいのか知りたくない?」


ポケットからスマホを出して現在時間を確認してから、再びポケットに入れた。


「で、ポケットイン・ポケットアウトくんは知りたくない?」


僕の一連の動作を見たうえでさらに尋ねてくる。


秋谷さん、めっちゃ詰めてくるんだけど。

というかなんだ、そのネーミングセンス。


「知りたいけどそれ言う前に1つだけ確認させて?」

「いいよ」

「それさ、僕が関わってる?」

「私が中学校に戻りたいことに吉川くんが関わってるとしたらどうなるの?」

「タイムマシンに乗って数分前に戻るかな」

「あはは、良い使い方だね」


そう言って肩をポンポンと軽く叩かれた。




イルカショーがあるとのことなので、その会場に向かう。


「ラブコメとかだったらこのイベントってベタだよね」

「イルカの水しぶきに2人ともびちゃびちゃ、みたいな?」


うん、と頷く。


「でも実際はさ、その前に水しぶきに注意してくださいって言われるじゃん」


今みたいに、と言って僕は前方を指す。


何回もアナウンスがされていた。


『水しぶきで濡れる可能性があるので注意してください』って。


「つまり水しぶきで濡れるのは、作品のキャラたちが話を全く聞いていないことが問題だと?」


秋谷さんが意地悪なことを聞いてくる。


そこまで言うと角が立ちそう。

僕はそんなこと思ってないですよ?


「どうする? アナウンス無視してびちゃびちゃになってみる?」


秋谷さんは前方の席を指さした。


「今回はやめておこうかな」

「じゃあ私も」


客席で最も後ろの席に腰を下ろした。

いつもだったら隣とは1つ席を開けて座るが、今日はなんとなく真横に座る。


秋谷さんは、襟元に指をかけてパタパタさせていた。


「あれ秋谷さん、今日は香水つけてる?」

「気づくの遅かったね」

「ラブコメ主人公なら気づかないって」

「作者が恋愛を経験してこなかったから、そういう描写が無いだけじゃない?」


そういう体験しないと、作品を作るときに匂いまで意識が行かないっていうかさ、と付け加える。


「じゃあ僕はラブコメ主人公を凌駕した存在ってわけだ」

「すごいね、気づくの遅いよって言ってもここまでポジティブに考えられるんだ」

「僕はラブコメ主人公かそれ以外か、という極端な二元論者だからね」

「その考えだと、ラブコメ主人公を超えた吉川くんはそれ以外の存在になっちゃうけどいいの?」


やっぱりよくないかも。



しばらくすると、イルカショーが始まった。


「イルカってすごいんだね」

「結構賢いらしいよ」


イルカも文法みたいなのを持っていて、イルカ同士でコミュニケーションを取り合ってるんだって、と秋谷さんは知識を披露する。


昨日ちょっと調べたらしい。


イルカのジャンプで水がこちらに飛んでくるパフォーマンスに入る。


水しぶきを受けた観客は、それでも楽しそうな顔をしている。

少しの間、僕はイルカではなくその人を遠くからぼんやり眺めていた。


イルカショーは終わった。



「これからどうするの?」


横を歩く秋谷さんに尋ねる。


「もう水族館に用がないんだったらショッピングモールに行きたいんだけど、時間とか大丈夫?」


僕は頷いた。



バスに乗る。


「水族館どうだった?」

「初めて行ったけど、結構楽しかったよ」

「ここで楽しくないって応える人はいないもんね?」

「ひねくれすぎじゃない?」


それ言ったら、僕が楽しくないのを隠してるみたいじゃん。

実際、楽しかったよ?


「ひねくれてるのが私だからさ」

「高校生活とか大丈夫?」

「まさか吉川くんに心配されるとは」


女の子には程よい距離の取り方があるんだよ、と返された。





ショッピングモールに到着。


「ちょっと本でも見ていこうよ」


秋谷さんの少し後をついていくと、たまに足を運ぶ書店に辿り着いた。


僕たちはラノベのラブコメジャンルが陳列されている棚に足を運んだ。


「あっこの作者、新しい作品出てるじゃん」

「すごいよね、ネット小説がまた書籍化されたらしいよ」

「絵師この人なんだ、SNSでバズってるの私みたことあるかも」

「この絵師さんの瞳の書き方がめっちゃ好きなんだよね」

「あーわかる。瞳だけで誰が描いたか分かりそうだし」


本棚の前で話始めた。


「コレの最新刊読んだ?」

「僕は読んだ」

「今回のヒロイン、めっちゃ可愛かったよね」

「でもああいうのをする人ってちょっと裏ありそうじゃない?」

「そういうところのリアルさは求めるの?」

「やっぱり完全に創作だとダメじゃない?作者の好みがそのまま出てそう」

「いいじゃん、普通に可愛いヒロインが見れれば」

「作者が「このヒロイン、めっちゃ可愛いー」って思いながら書いてるのを考えるとなんかいやだなって」




「結局さ、ヒロインは可愛いっていう前提が読者にもあるわけじゃん」

「そうだね」

「そうなったらさ、もう「ヒロイン」っていう文字列をヒロインとして扱う作品があってもおかしくないと思うんだよね」

「どういうこと?」

「例えばさ、今日の「ヒロインさん」めっちゃ丸文字で可愛い!とか、今日はちょっと角ばってる、なんかいやなことあったのかな、みたいな感じで」

「ヒロインさん、フォントで感情バレバレじゃん」

「恥ずかしくなったらフォントサイズが小さくなるとか」

「風で飛ばされそうだね」



1時間近く、本棚の近くで時間を費やしてしまった。



あっという間だった。


とりあえず追い切れていない最新刊だけ買った。


「水族館と書店、どっちが楽しかった?」

「書店かな」

「安上りで助かるよ」


まぁ私もだけど、と呟きファミレスに入る。


「今日は楽しかった?」


注文した品が来るのを待つ傍ら、秋谷さんが尋ねる。


「そうだね、来てよかったよ」

「私も楽しかった」

「今も楽しいよ?」

「私も楽しい」


そこから、少し沈黙が生まれる。


なるべくさりげなく聞こうと思った。


「今日さ、」

「お待たせいたしましたー」


最悪のタイミングで注文した商品が到着。


ありがとうございます、と秋谷さんは受け取る。


「なんか言おうとしてなかった?」

「とりあえず料理が冷めないうちに食べようよ」


切り出すタイミングを失った僕はとりあえず、料理を口に運ぶ。

おいしいけど、どうしよう。


「なに、こっちチラチラ見て」


そういうの恥ずかしいんだけど、と秋谷さん。

その後は黙って食事を進めた。


ひとしきり済んだのちに、さっき聞けなかったことを尋ねた。


「なんで今日誘ってくれたの?」

「なんで誘ったか?」

「うん」

「今日は楽しかったんだよね?」

「もちろん」

「それだけじゃだめ?」

「言いたくない感じ?」

「そんなんじゃないけどさ…」


秋谷さんは紙ナプキンで口もとを隠す。


「水族館でもしタイムマシンあったらどうする、みたいなこと聞いたじゃん」

「聞いてたね」

「で、その時に私が中学校の頃に戻りたいって言ったでしょ?」

「言ったね」

「なんでかってまだ言ってないでしょ?」

「そういえばちゃんと聞いてなかった」

「…中学校のときにしたかったことが、今日したことだよ」



「私が中学校のときに考えてたプラン、吉川くんも楽しめたでしょ?」

「なるほどね…」


他のテーブルでは同じ年くらいの学生が楽しそうに話をしているのが聞こえてくる。



秋谷さんが話始めた。

それを黙って聞く。



「変なこと言いながら水族館を楽しんで、変なこと言いながら書店で話す。それで今日も平日と同じ感じだったね、って言いながらファミレスでご飯を食べる。こういうのでいいんだよ。私はね」


ラブコメっぽいドタバタとかなくていい、と付け加える。



「そういう未来が見えたから、私にとって特別なんだよ」

吉川くんが、と小さく呟いた。



「中学生のときに告白しようとして止められたときあったじゃん?あのときに思ったんだよね。焦っちゃったなって。そのあと少しずつ話せなくなって、どうすればいいか真剣に考えた」


こんなに自分のことを考えてくれる一途なヒロインなんて、現実では絶対存在しないから、私に感謝してよ?と秋谷さん。



「まえに吉川くんが「僕はラブコメ主人公だから」って言ったじゃん。それで思いついたのが「吉川くんがラブコメ主人公なら、それに似合ったヒロインになればいいじゃん」ってこと。ラブコメ主人公は吉川くんとは違って、鈍感なんだもん。ヒロインの好意に気づくわけないよね。それなら高校生活のほとんどは、私の好きな何でもない日常が送れるはず」


今日のは恋愛要素少なすぎたかもだけど、と笑った。



だからさ、と言って秋谷さんは僕を正面から見つめて言った。




「私のためにずっとラブコメ主人公でいてよ」





家に帰りつき、私は一目散にベッドに飛び込んだ。


流石に言い過ぎた。


途中から言わなくてもいいことを言ってることに気が付いたけど、もう引き返すことはできなかった。


あんなこと言うの、全っ然ヒロインじゃないって。


「はぁ~」


大きな溜め息を吐いた。


今日はずっと楽しかった。

楽しかったけどさぁ…


もう、こういうのホントに良くないよね。


吉川くんに「ずっとラブコメ主人公でいてよ」って言ったけど自分はヒロインできてないから最悪。


あーホントにどうしよ、これでまた距離ができたら笑えない。


今日こっそり撮っていた写真をスクロールしながら見返す。


私自身はほとんど映ってないけど、楽しそうに写真を撮ってる。

いつもはほとんど写真を撮らないんだけど。


本当に誘ってよかった。

今日のことを思い出しながら数か月は笑顔で暮らせる気がする。


こんな日がずっと続くといいな、って言うとフラグが立つかも。

フラグが立たないためにはどうすればいいかな。

特別なあなたへ。

ご覧いただきありがとうございます。

リアクションや感想、本当に嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。


夏野恵

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