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第35話 今のセリフ、心拍数が2回足りてないからもうちょっと頑張って!

「少女漫画ってさ、よくもまぁあんなに心拍数の擬音があるよね」

「いいところに気が付いたね夜野さん!」


いきなり元気になった。


あー余計なこと言ったかも。

時間巻き戻せないかな。



下校中。



ぱっと思いついたことを言っただけだったんだけど、深山のテンションがいきなり上がったから、言わなければよかったと後悔する。


「少女漫画でよくある擬音と言えば『トクン』『ドクン』『ぎゅっ』とかかな?」

「よくあるけど…」


他にも色々あるけど、と言って続ける。

「私もね、ずっと考えてたんだよ。こんなに擬音必要なのかな、って」


だって心臓が動いてるだけじゃん、と深山。


「はぁ…」


こっちはそこまで興味ないですよ、というスタンスなんだけど、全然関係なさそう。


とりあえず黙って聞いてみることにした。


「結局さ、心臓がどう動いてるかで擬音が変わるんだったら、脳がどのように心臓の動きにつながっているか分かればいいってことになるよね?」

「…まぁそうなんじゃない?」


私もよくわからないって。


「それなら、中学校とか高校で習う内容である程度説明ができるんじゃないかって思ったんだよ!」


しかも少女漫画では心拍数が上がる擬音が多い、それなら私の手に負える範疇だよ、と深山は言った。


心拍数が下がる方は手の負えないの?


その後、授業みたいな長い説明をされた。


簡単に説明すれば脳が危険を察知すると交感神経が心臓に信号を送って、ある物質が受け皿と結合し、なんやかんやあって心拍数が高くなるらしい。


「…で、それがなんなの?」


深山の話を一通り聞いてから尋ねる。

放課後まで授業なんて聞いてられないって。


「だからね、心拍数が高くなるのは大体同じような流れなのに、擬音がたくさんあるのってなんでだろう、って話になるじゃん」

「それは単純に本人がどう感じてるかっていう解釈の問題なんじゃないの?」

「俺様系のヒーローのセリフのあと、大体『ドクン』とか濁点の擬音が付いてるんだよね」


ここで『トクン』はあまり見たことないという。

ちなみに王子様系だったら、『トクン』は全然あり得るとか。


「へぇー」


そう呟くと、沈黙が生まれた。


ちらっと隣を見ると深山は私に期待の眼差しを向けていた。

え、もしかして深山、ここで私が何か言ってくるのを期待してる?


「…えーと、じゃあ、何が問題なの?」


これまでの会話を思い出し、最も良さそうな質問を選択する。


気分はノベルゲームで文章を読み流していたのに、いきなり選択肢が出てきたから焦ってバックログで確認する感じと似ている。


現実で何をやっているんだ、私は。


その質問待ってました!という表情になった深山。


正解だったみたい。


「私はね、実際に心拍数がどの程度違うかによって擬音が変わるんじゃないかって思うんだよ!」

「心拍数…」


単語を復唱する。

とりあえず聞いてる雰囲気だけは出した。


…結論を言えば、神経系に分泌される物質の分泌量と受け皿のようなものの感度によってどの程度心拍数が上がるかが変わるらしい。


例えば、物質が多く分泌されたとしても、受け皿の感受性が低ければ、心拍数はそこまで上がらないという。

200ミリリットルのペットボトルには、200ミリリットルまでしか入らないよね、みたいな感じかな。


「で、何が言いたいんだっけ?」


説明に熱が入りだした深山を一旦落ち着ける。


「だから、王子様系と俺様系で心臓の擬音が違うのは、心拍数が違うよねってこと!」


なんかそれっぽいこと言ってるな。

本当のところはどうか分からないけど。


「そもそも心拍数が上がるのは、危険を察知して闘うか逃げるかするためなんだよね」

「そうなんだ」

「うん、だから少女漫画の主人公にとっては、王子様系より俺様系のヒーローに対して危険を感じてるって可能性が出てくる!」

「それって読者としてどうなの?」


この主人公、今危険を察知してるんだなぁって思いながら作品を楽しめる?


もうここで切り上げてもいいような気がするけど、1つだけ尋ねてみることにした。

分かれ道までもうちょいある。


「心臓が締め付けられて『ぎゅっ』ってする擬音あるじゃん。あれはどうなの?」

「呼吸が浅くなると、胸の周りの筋肉が緊張状態になって横隔膜が広がらなくなったり、血中濃度のバランスが崩れて胸が締め付けられるような痛みを感じるんじゃないかな?」


心臓はあんまり関係なさそう。

どちらかと言うと肺かな?


でも、ヒーローが他の女の子と仲良くしてるのを目撃した時に、『なんで私、こんなに肺が締め付けられるの…?』って言うのはあんまり情緒がない。


胸が締め付けられる、くらいに留めて欲しいかも。



「ていうかさ」

「なに?」

「なんで深山はそんなに詳しいの?」


身体の構造とかさ、と付け加える。


それは単純、そう言って深山は一呼吸置いた。


「私の完璧なヒーローのためだよ!」

「ヒーロー?」

「うん!」


自分がどういった要因で心拍数が高くなるかを完全に把握していれば、相手にその情報を共有して自分の心拍数を完璧にコントロールしてもらいたいようだ。


「今のセリフ、心拍数が2回足りてないからもうちょっと頑張って!」


とか、


「今のだと目標の心拍数をオーバーしてるから、『トクン』じゃなくて「ドクン」になってるよ!もう少し控えめで!」


と言いながら練習したいらしい。


相手の言動にときめいているときにそんな冷静に対応できるかな。

深山のパートナーは大変そう。


ちょうど分かれ道がきたので私たちは別れた。





「漫画とかでさ、吹き出しの外にもセリフが書かれてたりするじゃん」

「まぁ見るな」

「あの枠外のセリフっていいよね」


本心が出てるみたいで、と吉川は呟いた。


結構ニッチな好みだな。

俺も好きだけど、それって作者によって変わらないか?


「だから、もし僕が漫画の中にいたら、枠外の文字だけ読み上げたいんだよね!」

「お前のメイン、ほぼ擬音になるけどいいのか?」


まずはボイスパーカッションの練習からだね!と言い切った。


コイツ、ラブコメ主人公(自称)だったよな?

主人公がヒロインを後回しにしてボイパしようとしてるぞ。





次回から夏休み!

特別なあなたへ。

ご覧いただきありがとうございます。

リアクションや感想、本当に嬉しいです。

これからもよろしくお願いします。


夏野恵より。

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