第34話 女の子って面倒くさいよね!
「あと10分で出るから早く準備しろよー」
「わかったからちょっと待って!」
お父さんの間延びした声を背中で受け止めつつ、急いでリップを塗る。
鏡に映る自分の全体のバランスを確認する。
今日の涙袋、めっちゃ上手くできたかも。
中学校の後半くらいから、本気でメイクをするようになった。
一時期は検索履歴が『中学生 垢ぬけ』とか、『眉毛 整え方』みたいなのでいっぱいで、見るたびに苦笑した思い出がある。
恥ずかしくなってたまに履歴を消したりもした。
それは今も変わらないかも。
上機嫌でお父さんの車の中に乗り込む。
ちょうど通勤の途中に高校があるので、登校はお父さんに送ってもらい、下校はバスで帰る。
中学校のころは自転車で前髪が崩れないか心配になりながら通っていたから、とても助かっている。
「なんか今日、機嫌いいな」
「お父さんは機嫌がよくないの?」
「そりゃそうだろー、こっちはタイムカード切るために出社してるようなもんだからな」
「それ、私に言っていいヤツ?」
お父さんの話を半分聞きながらSNSを開く。
私のは鍵垢。
高校に入ってから、話したことのない人から相互フォローしようよといわれたり、フォロー承認待ちです、みたいな人が一気に増えた。
正直めんどくさい。
そのときは、「あっごめん見てなかった、後で追加しておくね!」と言って切り抜けているが、流石に一、二か月放置はまずいかもしれない。
ここまで放置されてるんなら察してよ、と思うけど。
学校に着く直前、スマホのカメラ機能を使って前髪を確認する。
やっぱ今日の私、めっちゃ可愛いかも。
じゃあ行ってきまーす、と呟いて車から降りた。
歩いて学校に向かう。
今日は盛れてるなってとき、めっちゃ背筋伸びない?
ちゃんと可愛い私を見て!って感じで。
校門を抜けて玄関に入る。
「おはよー秋谷さん…え、今日の涙袋めっちゃ可愛いじゃん!」
同じクラスの子に話しかけられた。
「だよねー!私も今日うまくできたって思った!」
「うらやまぁ…私、涙袋作るの苦手なんだよねー」
「本当?今日もめっちゃ可愛いよ!」
こういう会話って高校生っぽいな、って感じがする。
話をしながら教室に向かった。
教室に入ると「秋谷さん、今日めっちゃ可愛いね!」と声をかけられた。
女の子の可愛いにはいろんな意味があるけど、あんまり考えすぎない方がいい。
素直に喜ぶことが一番。
男の子に可愛いね、って言われたときも普通にうれしいんだけど、「具体的にどこが可愛いって思ったの?」と聞き返したくなる。
せめて目とか口が可愛いって言ってほしいんだけど。
そこまで気にしないのかな。
昼休み。
今日は1-Cに行く日じゃない。
私が勝手に決めてるだけだけど、毎日1-Cに言ったら「なんかこの人、いつも来るな…自分の教室で居場所ないの?」って思われるかもしれないし。
「はぁーマジで秋谷さんってかわいいよね…」
「え、今私が世界で一番かわいいって言った?」
さぁ、鏡よ鏡世界で一番美しいのはだあれ、と聞くと、すみません、何を言ってるかわかりません、と音声アシスタントみたいな返答をされ、間を開けずに「秋谷さんが世界で一番かわいいよ!」と褒められる。
学校では、クラスの子と程よい距離感で居続けないといけない。
褒められて調子に乗ってもいけないし、謙遜しすぎてもいけない。
てかさ、と言って別の子が話を変える。
「最近なんで秋谷さんって昼休みに1-Cの教室に行ってるの?」
あーそれ私も聞こうと思ってた、と他の子も呟いた。
正直に言えば吉川くんがいるから。
でもそれをそのまま言うほど、私は正直な人間じゃない。
「中学校のときに同じクラスだった人がいて会いに行ったときにさ、そのクラスの女の子と仲良くなったんだよね」
こうすれば、吉川くんの存在をぼかしながらも嘘はつかないで答えることができる。
実際、深山さんや夜野さんと話すために会いに行っているのも事実だし。
「えー誰?」
「夜野さんって知らない?」
「あー!いつも目がくりっくりしてる子の横にいる!」
深山さんのほうが印象強いの?
「深山さんだっけ?目がすごいよね目が!」
なんか少女漫画の主人公みたいな感じで、という言葉に私は本当だよね!と頷く。
その後、どんどん話は移り変わっていく。
話をちゃんと聞いてないと、今なんの話してるんだっけ?となる。
聞き返すと空気が少し悪くなるから、こっちも必死。
「…それでさ、秋谷さんってどういうタイプが好きなの?」
「そうだねぇ…あっちなみにみんなはどんなタイプが好き?」
「私は鎖骨がエロい人」
あんたずっとそれ言ってるよねーと誰かがツッコんで話は盛り上がった。
「で、秋谷さんは?」
「やっぱ答えないといけないかー」
今日は逃げることができなさそう。
腕を組んで考えてる雰囲気を作る。
真剣に考えてますよ、っていう雰囲気は向こうからの印象が良い。
実は男の子が喜ぶ答え方と、女の子が喜ぶ答え方は違う。
基本的に男の子は「こういう人が好き」っていう答え方が好き。
自分に自信が持てるから。
多分だけど。
でも女の子は「こういう人が嫌い」っていう答え方が好き。
他の子と話すときに使えるから。
これは間違いない。
中途半端な答えとしては、「好きになった人がタイプかな(吐息多め)」がある。
困ったらこれで逃げることもできるけど、話が広がらないからおすすめではない。
私はこの質問の最適解を見つけた。
というか、本心なんだけど。
「自分と同じものが好きで、自分と同じものが嫌いな人がタイプかな」
「えーなにそれ!」
「ほら、やっぱ感性が合う人といるほうが楽しいじゃん」
じゃあどういうのが嫌いなの?と聞かれて予想通りに流れになった。
そこから徐々に話を広げる。
完全にずれてると「この子変わってるな」って思われるし、完全に模範解答だと「周りに男の子がいるから本心隠してるな」って思われる。
欲しいのは、日常の中にあるちょっとした刺激。
女の子って面倒くさいよね!
放課後。
バスが出るまで少し時間があったので、のんびり階段を下りる。
玄関口には、朝にはなかった竹が置いてあった。
近くには短冊も。
そういえば、もうちょっとで七夕だな。
私は短冊に書いてある願い事をぼーっと眺める。
『第一志望校に合格できますように』
『告白が上手くいきますように』
『次の大会で優勝できますように』
高校生らしいお願いが並んでいた。
みんな青春してるなぁ。
その中で、2つ気になるものが並んでいた。
書いてある内容は同じ。
『次の席替えで窓側で一番後ろの席になって、自分と縁のある転校生が隣に座りますように』
名前書いてないけど、これ多分吉川くんと深山さんのヤツだよね。
2人とも同じ席にしないといけないなんて、祈られた側はいまごろ頭を抱えているに違いない。
ついでに私のも叶えてもらっていいかな。
短冊を手に取り、願いごとを書いてから笹に結び付ける。
「やば、もうバス出るじゃん」
鞄を手に取り、私は駆け足でバス停まで向かった。
『来年は同じクラスになれますように!』
笹は軽やかな風に揺れていた。
数日後の昼休み。
「深山さんさ、実際七夕のことどう思う?」
僕は「また」隣の席にいる深山さんに話しかけた。
「今、七夕のこと調べてたんだけど、人間が織姫に祈る行事らしいね」
スマホの画面を見つめながら、深山さんは応える。
「そもそも織姫って何なの?」
「天帝?っていう人の娘らしいよ」
「じゃあ織物うまうまガールに祈るのは、織姫経由で天帝に願い事を届けるためってことか」
「それなら今回、窓側の後ろの席にならなかったのは納得だね。やっぱ仲介する人が多いってことはタイムラグもあるだろうし」
短冊に急ぎです、って書いたほうが良かったかなぁ、と深山さんは呟いた。
「あれ、深山さんと吉川くん、どっちともお望みの席にならなかったんだ」
秋谷さんが教室に入ってきた。
短冊に書いてたよね、と付け加える。
「今回は天帝に届く前に席替えがあったから仕方がない、っていう結論が出たよ」
「え、どういうこと?」
「この時代に電子化が進んでいない職場はだめだよねってこと」
「んん?」
秋谷さんは戸惑っている。
天界でも業務の効率化が必要かと。
特別なあなたへ。
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