第23話
戦いはあらゆる場所で生まれる。
国益のため、家族や友人のため、はたまた自分のため。
複数の利害が絡み合い、その様相はしばしば複雑かつ不可解なものとなる。
日本においても、それは例外ではない。
多くの人々が意識すら向けない領域でさえ、戦いは静かに発生する。
これまで競合する存在を持たないまま優位を保ってきた場所に、突如として敵が現れたならば・・・
ここで描かれるのは、表面上はいたって穏やかでありながら、水面下では苛烈を極める闘争の物語だ。
「次の時間に、席替えするよな」
「そうだね・・・」
どこか緊張した面持ちの吉川。
「どうした?」
なんかお前、表情固いけど、と尋ねる。
「この席替えが僕の高校生活を決めるかもしれないんだよ」
「それはないな」
席替えくらいでそんな大層なことは起きないだろ。
どうかしてるよ楠本くんは、と言って続ける。
「窓側で一番後ろの席になれば、美少女転校生が僕の隣の席に座るフラグが立つんだよ!」
「なるほど」
どうかしてるのは吉川だったようだ。
だが吉川の言うことも分かる。
ラブコメ作品では窓側かつ後ろの席に主人公が座っていることが多い。
そして転校生が主人公の隣の席に来る、みたいな展開も見かける。
その席に座れば美少女転校生が来るとは限らないけれど。
「実際にお前がお望みの席になったとする」
「絶対なるけどね」
やけに自信を持っている吉川。
「で、そして奇跡的に美少女転校生がこのクラスに来たとする。奇跡的にな」
「そんなの、単なる奇跡じゃ片付けられないね」
もはや運命だよ、と吉川は付け加える。
物言いがやけにうさん臭い。
こんなやつが主人公でいいの?
「でも普通、ラブコメだったらお前と昔かかわりのあった奴が転校してくるものだろ」
吉川との関係がそもそもなかったら『もしかして、吉川くんなの?』みたいな展開にはならないはずだ。
「そこはさ、ほら、主人公補正が入るっていうか・・・」
言葉を濁す吉川。
それこそ運命の出番だろ。
なんで自信を無くしているんだ。
ちょっと待って、と言って吉川は続ける。
「数日前に出会った女の子と偶然同じクラスになった?!みたいな展開もあるじゃん」
「まぁあるな」
数日前に助けた美少女が実は転校生だったヤツとか。
「じゃあお前、数日以内に知らない女の子と接した?」
「あーないかも・・・いやちょっと待って、昨日コンビニで女子高生っぽい店員にレシートもらった!!」
「浅すぎだろ」
本当にその人がこのクラスに転入してきても『会ったことありましたっけ・・・?』みたいな反応になりそう。
「そんなこと言ってるけどさ、一か月以内に美少女転校生がくればいいわけでしょ?」
「まぁそうだな」
吉川の言っている理論の基づくならば、だけど。
「でしょ?そうなれば僕のラブコメは始まるってワケ」
「そうか」
とりあえず頷いておこう。
「だから窓側で後ろの席を死守することが重要なんだよ」
「死守っていうけどさ」
「うん」
「お前の今の席、普通に真ん中じゃん」
既に後ろの席にいます、みたいな言い方だけど。
「でも本当に窓側後方の席になったら、楠本くんだって驚くでしょ?」
まぁ、見ときなって、と言って吉川は自分の席に帰っていった。
「やっと来たね、」
「ちょっと黙って深山」
言い終わる前に止められた。
少しの間静かにする。
ガチャを引いているみたいだ。
「やっぱ今回のイベント排出確率下がってるって・・・」
苦々しく呟く夜野さん。
どうやら、お目当てのキャラは出なかったみたいだ。
「なに深山、今不機嫌な私になんか言ってなかった?」
「そんなこと言われると話しにくいんだけど」
しかし私は気にせず話す。
「これから確率が約3パーセントのガチャを引くからちゃんと見ててよ」
「・・・なんの話?」
少し興味を持ち、聞く姿勢になった夜野さん。
私が外すのを見たいだけなんだろうけど。
「席替えだよ、席替え! 私ね、今回は絶対窓側の後ろの席を引くから!!」
「小学校の頃に仲が良かった幼馴染のアイツがイケメンになって転校してきた、みたいなヤツね」
間髪を入れずに応える。
さすが夜野さん。
理解が早い。
「そう、私の高校生活を一変させる運命的な出会いが今回の席替えにかかってるってわけだよ」
例えばさ、と言って私は説明を始めた。
爽やかな風が窓から入りこむ穏やかな季節。
今日、転校生が来るらしいよ、とクラスのみんなは話している。
しかもイケメンらしい。
そんなことは気にも留めず、私は窓の外をぼーっと眺め、小学校の頃に思いを馳せていた。
アイツ、今ごろどうしてるかな・・・
ガラっと扉を開ける音と同時に女の子たちの黄色い声が沸き上がる。
「あっ」
私は声を漏らした。
なぜなら教室の入り口に立っていたのは、今まさに考えていた彼だったから。
記憶の中の彼とは見違えるほど、大人びて見えた。
不意に彼と目が合う。
「もしかして、かなでちゃん・・・?」
言葉に出さなかったものの、口の動きでわかる。
教室のみんなが彼に注目しているなか、静かにうなずく。
その姿を見て、彼は微かに笑顔を見せた。
その笑顔、小学校の頃から変わってないね。
「・・・って感じになる!」
昔の幼馴染がイケメンになって転校してくる、というのは少女漫画におけるテンプレ。
今回、私が窓側で後ろの席になればこういうことが起きるのは明らかだった。
「深山の妄想だと小学校の頃の彼を考えていて、まさに丁度、その彼が教室に入ってきたみたいな感じでしょ?
「うん」
「流石に無理がない?」
現実的に考えてさ、と付け加える夜野さん。
「大丈夫、転校生が来るってなったら、小学校の時に出会った同級生の男の子の顔を頑張って全員思い出すから!」
「さっきの『アイツ、どうしてるかな・・・』の彼、総当たりで思い出された中のひとりなの?」
力技過ぎない?と呟く。
まぁ見てなって。
そう言って私は自分の席に戻った。
遂に席替えの時間が始まった。
今回の席替えはくじ引きで行われる。
くじとして割りばしが使われており、箸の先端に数字が書かれている。
黒板に対応する数字が書かれているため、生徒は自分の数字の箇所に名前を記入するという方法である。
このくじ引き、抜け道が色々考えられる。
しかしこの2人はしない。
理由は単純。
イカサマする度胸がないから。
一見すると無策の2人はどうやって窓側で後方の席を取ろうとするのか。
次々と生徒たちがくじを引くなか、ふたりは頬杖を突いて遠くを眺めている。
席替えなんて、別に興味ないですけど?というスタンスを示しているようだ。
この2人が残っている席を逐一確認している姿を見れば、並々ならぬ思いを席替えに注いでいることは一目瞭然である。
本人たちは上手く隠しているつもりのようだが。
しばらくして、残っている席はふたりの望む窓側で後方の席と、特に変哲もない隣り合った2席の計3席が残る結果となった。
2人は黒板を見て「あんな真ん中の席、モブが座る場所でしょ」と心の中で呟いた。
自分たちが現在座っている席を完全に棚に上げている。
「今3席残ってるけど田中は休みだから、あと2人、くじ引いてない奴がいるんじゃないかー?」
先生の気の抜けた声が戦いの合図となった。
「「あっ、まだ引いてません!」」
吉川くんと深山さんは同じタイミングで同じ言葉を口にした。
刹那、2人の脳裏に同じ言葉が駆け巡る。
『もしかしてこの人も最後にくじを引きたい人?』
残り物には福がある: 最後に残ったものの中に、思いがけない良いものがあること。
小学校から今まで、重要なくじ引きのときは必ず最後に引いてきた2人。
これまで競合がいなかったために不戦勝を積み重ねてきた彼らにとって、突如として同じ戦略をとる者が現れたことは、心臓の鼓動を急激に早まらせるのに十分な脅威であった。
この状況で、2人はどうやって勝利をつかみ取るのか。
「あっ深山さん、先に引いていいですよ」
先手を打ったのは吉川くん。
さりげなく『レディファースト』という雰囲気を匂わせる。
気遣いを見せているがこの男、相手のことなど1ミリも考えていない。
「いや、早く引いたほうが選択肢多いし、吉川くんが先に引きなよ」
先に引いたほうが得だから、と言ってさりげなく回避。
謙虚さを装って相手をコントロールしようとする高度な技術である。
「それなら深山さんが先に引いたほうがいいんじゃない?」
「私は後でいいからどうぞお先に・・・」
普段の2人なら、これほど食い下がることはない。
行動の源泉は「自分は物語の主人公」という信念だった。
思い込みとも言う。
そもそも、このくじ引きで窓側後方の席を引く確率は常に3%であり、いつ引いても確率は変わらない。
しかし『残り物には福がある』を金科玉条とする2人にとって、先に引くことは敗北を意味していた。
今動いたら、負ける。
その直感が2人の中にあった。
騒がしい教室のなか、冷たい静寂が流れる。
どうすれば自分が後にくじを引くことができるのか考える。
普段の姿からは考えられないほど真剣な表情だ。
そして、両者同じタイミングで言葉を口にした。
「「あのさ、」」
「もう遅いから先生が引くぞ~、はい、ドン!じゃあこのくじが深山ので、これが吉川な」
数字を確認して自分の名前を黒板に書いとけ、と先生が言ってくじが手渡される。
「「あっハイ」」
吉川と深山は自分の名前を黒板に記入した。
「今日欠席の田中は窓側の後ろで同じ席だな。席替えしたけど変わらないから助かった~」
先生はそう呟き、自分の名前が書いてあるところに移動しろ、と指示をした。
生徒たちはゆっくりと自分の荷物をまとめ、新天地へと旅立つ。
「これからよろしく・・・」
「う、うん、よろしくね・・・」
教科書を引き出しに入れながら軽く挨拶した2人。
すぐに沈黙が流れる。
話したことは数えるほどしかない。
気まずさを紛らわせるため、2人は引き出しの中に入れた教科書をすぐに取り出し、ぱらぱらとめくる。
黒板には、「吉川」と「深山」という苗字が隣に並んでいた。
敗北の記録である。
(まぁ、来月にあの席を取れればいいか)
教科書をめくりながら、早くも2人は来月の席替えについて思いを馳せていた。
席替えの勝者、
本日欠席の田中。




