第110話 それならひとつ、やってやりますか。
「あくびってなんで漢字で『欠伸』って書くんだろうね」
「欠けると伸ばすであくびっておかしくない?」と吉川。
「当て字らしいぞ」
すぐに瀬野が答えた。
『欠』は口を開ける姿、『伸』は身体を伸ばす姿を表現しているらしい。
『伸』はともかく、『欠』は流石に無理があるだろ。
『欠』のどこに人が口を開けてる様子が表現されてるんだ。
「語源とかはどうでもいいんだけどさ、なんであくびってするの?」
「脳の温度を調整している、みたいなこと書いてるね」
スマホを見ながら吉川は呟いた。
大きく息を吸ったり顎を動かすことで、脳が冷えるらしい。
「頭冷やせ、って言われてあくびしたら怒られそう」
「実際、マジで怒られるだろうな」
ナメてるヤツにしか見えないし。
「そういえばあくびってうつるっていうけど、アレはなんでなの?」
おにぎりを食べながら、寺田が話を変えた。
「集団で行動の周期を合わせるんだって」
原始時代、集団の中では同じタイミングで休息や活動を取ることが重要だったから、その名残ではないかと考えられているみたいだ。
「あと親しい相手のあくびはうつりやすいらしいよ」
「ミラーニューロンという神経細胞の働きで……みたいなこと書いてる」と吉川。
「それならさ、あくびがうつるかどうかで自分の好感度わかるんじゃない?」
親しい相手だったらあくびがうつるらしいし、と寺田は付け加える。
斬新なアイデアだけど、親しくないことが判明したら傷つく可能性あるぞ。
ちょうどそのとき昼休みのチャイムが鳴ったので、俺たちは会話を切り上げた。
*
眠い、とにかく眠い。
5時間目の授業中、僕はあくびを噛み殺していた。
ていうか『あくびを噛み殺す』って字面怖すぎない?
特に『噛み殺す』ってフレーズ、野蛮すぎるでしょ。
無性にあくびをしたくなるけど、今は授業中だし控えた方が良いかな。
いや、ちょっと待てよ。
今の僕の席って窓側で一番後ろだから先生にバレないのでは?
それならひとつ、やってやりますか。
僕は手で口を覆いながらあくびをした。
それと同時に、机の下で身体を伸ばす。
ちょっとだけ食後の眠気がなくなった気がした。
黒板に視線を向けると、隣の席の深山さんが間接視野に入った。
がっつり見ているとは思われない程度で視線を横に流す。
深山さんは白色のシャーペンを机に置き、手で口元を隠していた。
そしてすぐにシャーペンを手に取って、板書をノートに書き込み始める。
僕はもう一度あくびをしてから、真面目に授業を受ける体勢に戻した。




