第105話 布教完了だね。
「梅雨ってマジで最悪じゃない?」
「そうかな」
「だってさ、湿気めっちゃ多いじゃん」
髪型崩れるんだけど、と呟く深山さん。
たしかに、いつもより前髪がうねってるような気がする。
でも何か文句を言われても困るし黙っておこう。
5月の下旬、梅雨の気配を感じる時期だ。
教室にはまだそこまで人が来ておらず、深山さんと2人で話をしている。
「僕は梅雨の時期ってけっこう好きだけどね」
そう言うと、疑うような目で深山さんはを見てきた。
「雨が降ってる音ってリラックスできない?」
「しとしと系ならいいけお、豪雨ならそんなこと言ってられないでしょ」
「むしろ豪雨こそ、僕の好みなんだけど」
面倒な水害が発生しないっていう前提でね。
「雨が降ってると普通の人って外に出かけたくないじゃん」
「ないね」
だから今日も面倒だなって思いながら深山さんは登校してきたらしい。
「雨という檻に囲まれてる感じが好きなんだよね」
「え、吉川くんって幽閉されたいの?」
豪雨で外に出ることができないから、安全な部屋にいようって感覚わからない?
あの非日常感がけっこう好きなんだけど。
「ていうか、梅雨っていうか6月があんまり好きじゃないんだけど」
だって祝日ないじゃん、と深山さん。
「僕的には梅雨と祝日ナシを相殺すると、梅雨のプラスが若干残るって感じだね」
「梅雨のこと好きすぎでしょ」
深山さんにとってはマイナス+マイナスでもっとマイナスになるらしい。
掛け算ならプラスになるのに、と思ったけど関係がなさそうなので言わなかった。
「そういえば星宮さんって6月誕生日だった気がする」
「本当?」
「多分だけど」
中学校の頃にちょっと言ってた記憶がある。
「とりあえず、私が6月嫌いって言ってた話は星宮さんにしないでね」
「それくらいで印象が悪くなることないと思うけど」
こういうのがリスクマネジメントって言うんだよ、と説明された。
「深山さんは好きな月とかないの?」
「まぁ梅雨明けが7月中旬くらいだから7月だね」
それか8月かな、と呟く。
「誕生日は関係ないの?」
「誕生日って7月上旬じゃん」
「うん」
ちなみに深山さんと僕の誕生日は1日違いだ。
「でもその時期ってまだ梅雨じゃん」
誕生日のプラスと梅雨のマイナスを相殺したらマイナスが残るらしい。
「じゃあ好きな天気は晴れって感じ?」
「いや天気雨が一番好きかな」
「なにそれ?」
「晴れてるのに雨が降ってるヤツ」
この流れで雨が降ってるのが好きって言うことある?
「なんか非日常っぽくていいじゃん」
「非日常っぽい感じだったら、雨みたいにいろんなものが落ちてくる現象も非日常って感じしない?」
「テレビか何かで見たことあるけど」
アレって何て名前なの?と深山さんに尋ねられた。
「ファフロツキーズって言うらしいよ」
僕はスマホを見ながら応える。
英語でFafrotskiesと言って「FAlls FROm The SKIES (空からの落下物)」の略語らしい。大分頑張って省略してるね。
「魚とか肉が空から降ってくるんだって」
「実際見たことある?」
「ないね」
動画では見たことがある。
「私も実際に見たことないけど、アレってどういう理由で降ってくるのかな?」
「海で生まれた竜巻に巻き込まれた魚がなんやかんやあって降ってくるらしいよ」
「なんやかんやも気になるけど」
ともかく竜巻が理由らしい。
「今、Wikipediaでファフロツキーズの記事を見てるんだけどさ」
スマホを見ながら、深山さんは話始めた。
「昔の文献では884年に空から石鏃っていうのが降ってきたらしいんだよね」
石鏃とは矢じりとして作られた石器らしい。
「で、当時の人たちは天在住の神様が使ったのが落下したって思ったらしいんだよ」
「へぇ」
「だからもしこの時期にタイムスリップしたらさ、防水の本をファフロツキーズで空から降らせて布教できないかな」
「めっちゃ回りくどいやり方するね」
普通に「この本、結構面白いんだよね」って言えば良いと思うけど。
「でもさ、天から降ってきた本なんて絶対興味持つでしょ」
「それは間違いない」
神の本だ、とか言って騒ぎ立てそう。
「そうなったらもう地域の住民たちは相当熱心に本を読んでくれるはず」
布教完了だね、と深山さん。
「で、どういう本を布教するわけ?」
「少女漫画とか良さそうだと思ったけど、別に布教したいわけじゃないんだよね」
だから別のジャンルにしたいらしい。
「やっぱり、普段読まない教養系の本とかの方が良いんじゃないかな」
「教養系かぁ」
「あえてね」
こういう機会にこそ読むべきだと思うんだよ、と深山さんは説明する。
「てなると、できるだけ自分の興味にフィットしたのがいいはず」
「それは間違いないね」
できれば読むときのハードルを下げて欲しい。
「そうなったらもうベストな本は一冊しかないよね」
「なに?」
そう尋ねて深山さんに視線を向ける。
一呼吸おいてから、深山さんは口にした。
「ファフロツキーズを解明する本でしょ」
「そんなことしたら夢から醒めない?」
神の本が神の存在を否定するわけだから。
教室がわざわざし始めた。
どんどん生徒たちが中に入ってくる。
雨の勢いが更に増してきたので、数センチだけ開けていた窓を締めた。




