第101話 やっほ、なおきくん。
「じゃあ今から席替えするぞー」
担任の山下先生は黒板に席を書いて番号を書き込む。
ゴールデンウィーク明けの5月上旬、2年生になって初の席替えだ。
「席は割りばしに書いてあるから、その数字を黒板に書いてくれ」
去年1-Cだったヤツはやり方わかると思うけど、と補足する。
みんなが頷いたのを確認してから、山下先生は再び口を開いた。
「『山下』って苗字だと、席替えとか最後まで待たないといけなかったんだよな」
出席番号が後ろの人にとってあるあるらしい。
そういえば以前、深山さんが似たようなこと言ってたかも。
「だから今回、出席番号後ろのヤツからな」
39番から引きに来い、と言って先生は宿題のチェックを始める。
僕の出席番号は10番。
くじ引きまでかなり時間があった。
宿題を終わらせながら残っている席を確認してみると、深山さんは窓側で2番目に後ろの席を取っていた。
普通に羨ましい。
そしてついに、僕の順番が回ってきた。
残っているのはあと10席で、窓側で一番後ろの席も残っていた。
他の席も軒並み後ろ側だから、今回の席替えは当たりかも。
椅子から立ち上がり教卓に向かって、他の人と同じように普通にくじを引くと——
「……あっ」
思わず声が漏れてしまった。
箸の先に書いてあったのは『40番』。
窓側で一番後ろの席だ。
ついに来た。
震える手を押さえながら自分の苗字を書いた。
深山さんの下に『吉川』という漢字が並ぶ。
その後、最後まで席替えは順調に進んだ。
出席番号1番は秋谷さん。
そして残っているのは2本のくじ。
全員出席しているのに、なぜくじが2本残っているのか。
理由は簡単。
2-Bは全員で39人だが、1席は空きだから。
39番の後ろの席が空きとして用意されていたのだ。
現在では荷物置き場として使われている。
残っているのは僕の横の席と僕の右斜め前の席である深山さんと隣の席だった。
31番が右斜め前で、32番が僕の隣。
「じゃあ最後、秋谷さん取りに来てくれー」
「はい」
すぐに立ち上がって教卓に向かい、秋谷さんがくじを引いた。
その数字を確認して、秋谷さんは黒板に自分の苗字を書き込む。
31番だった。
「一旦その席に移動してみろー」
その言葉を合図に、僕たちは荷物を持ってその席に移動する。
「ついにって感じだね」
「うん」
深山さんに頷く。
無欲の勝利ってヤツだ。
引き出しに教科書類を入れている間に秋谷さんが深山さんの隣に座る。
教室が静かになってから、山下先生は口を開いた。
「空いてる席を荷物置きに使ってたと思うけど、明日からはしないようにな」
その言葉の意味を考えているうちに、授業が始まった。
*
授業が終わって、家まで帰りついた。
いつもどおり宿題を済ませて、ご飯を食べてからお風呂に入る。
ドライヤーで髪を乾かしてから、自分の部屋に戻った。
「……さてと」
本日のメインディッシュ、ラブコメ様のお通りだ。
「これにしよう」
本棚の左下隅にある、カバーを付けている書籍を取り出した。
僕がラブコメにハマるきっかけになった作品だ。
中1で転校した生徒から借りている体の作品でもある。
実はこの本には秘密がある。
まず1つ目、それは本の後半あたりに挟んでいる栞。
まあこれはどこにでもありそうなヤツ。
そして2つ目、これがちょっと変わっている。
カバーを外すと、その後ろには、『短い間だったけどありがとう!』という文章と転校した生徒の名前が書かれているのだ。
僕がラブコメにハマるきっかけを作ったのは間違いなくその人だ。
中1の5月くらいに、その人が本を読んでいて面白そうなの読んでるね、って話しかけたらラブコメというジャンルを教えてくれた。その人とは昼休み時間にラブコメについて話をすることが多かった。
でもその人は、1年の2学期に転校していった。
あとで先生から、親の仕事の都合って話を聞かされた。
その数日前に貸してもらったのが、僕が最初に「面白そうなの読んでるね」って言った作品だったのだ。いや、『貸してもらった』っていうのも語弊があるんだけど、説明すると長くなる。
まぁ色々あって、僕の本棚にあるって感じだ。
「久しぶりにざっと読んでみるかー」
そう呟いて、僕はベッドに向かった。
*
翌日の1時間目が始まる前、山下先生がちょっと早めに来た。
いつもギリギリで来るのに珍しいなと思っていると、あることを簡潔に口にした。
「今日、転校生が来るから」
知ってたヤツもいるかもしれないけど、と付け加える。
いや、初耳ですけど。
「文系で生徒数が39人だったからウチのクラスになった」
「今から呼んでくるから、静か待っとけ」と言って先生は出て行った。
「知ってた?」
「私は初めて聞いた」
秋谷さんと深山さんが話をしていたが、ふたりとも知らなかったらしい。
僕も聞かれたけど、首を横に振った。
「ていうかさ、その転校生ってここに座るんじゃない?」
「そういえば昨日、先生が明日以降荷物置くな、みたいなこと言ってたね」
「あーアレ伏線だったんだ」と深山さん。
伏線にしては大分わかりやすい伏線だったね。
すぐに回収されると、読者として負担が軽いから助かる。
「なんかさ、転校生が来るってラブコメっぽくない?」
「そうだね」
秋谷さんに頷く。
「一番後ろの席になった翌日に転校生来るってヤバいね」
吉川くん、マジで主人公なんじゃない? と深山さんは冗談っぽく言った。
「知ってる人じゃないと意味ないけどね」と返そうとしたとき、担任と転校生が教室に入ってきた。
教室のボルテージが一気に上がる。
授業中にも関わらず、話声がいたるところから聞こえた。
転校生が来るというので、テンションが高くなってるんだろう。
誰だろうと思って教壇を見ると——
「……えっ?」
その姿を見て、思わず目を見開く。
そこにいたのは、見覚えのある女の子だった。
中1の2学期に転校した女の子が、教壇に立っていた。
「じゃあ転校生っぽく自己紹介からしてもらおうかな」
名前とかチョークで書いていいぞ、と言って先生は窓側に移動する。
「えーっと星宮って言います。高校の二年生の今の時期に転校っていうのも珍しいと思うんですけど、親の都合で転校してきました」
2年間よろしくお願いします、と言って頭を下げる。
すぐにチョークを握って苗字を書いた。
黒板に『星宮』という綺麗な2文字が並ぶ。
「星宮って苗字が好きなのでシンプルに『星宮さん』って読んでもらえたら嬉しいです」
「繰り返しになりますが、これからお願いします」と言って再び頭を下げる。
先生が「はい拍手」と言うのとほぼ同時に、クラスのみんなは拍手をした。
「じゃあ、あの空いてる席に座って」
「わかりました」
転校生の彼女は、荷物を持ってこちらに向かってくる。
その道中で生徒にちらちら見られていたが、そこまで気にしていなさそうだった。
荷物を置いてから、こちらに視線を向ける。
目が合ってから、星宮さんは僕の肩を叩いた。
「やっほ、なおきくん」
星宮さんの顔には笑みが零れていた。
さらに彼女は深山さんに近づいて口を開いた。
「深山さんも久しぶりだね」
「久しぶりー星宮さん!」
そう言って深山さんは、軽く手を振った。




