第99話 やば、一瞬で既読ついちゃった。
「ゴールデンウィーク何してた?」
「ずっと家にいたね」
「1回も外に出てないの?」
「1秒たりとも外に出てないね」
なんでそんなに自信満々なわけ?
ゴールデンウィークの中盤の22時過ぎ。
私と吉川くんは電話を繋いで話をしていた。
「そういえば吉川くんっていつも何時に寝るんだっけ?」
「0時過ぎかな」
「寝る時間も踏まえて作品を選んだりした?」
「全く考えてなかった」
「たぶんちょうどいいくらいの時間に読み終わるでしょ」と吉川くん。
文章量的に、読み終わるのは1時ごろになると思うけど。
ゴールデンウィーク前に約束した、一緒に本を読もうっていうのを今やっている。
今回は吉川くんにラブコメ作品を選んでもらった。
「吉川くんは紙と電子書籍どっち?」
「あー僕は紙だね。秋谷さんは?」
「私も紙だよ」
吉川くんに言われて休日の間にネットで購入した。
「……じゃあ読もっか」
「そうだね」
電話を繋ぎながらというのは初めてだったので、どういう感じでスタートさせればいいのかわからなかったけど、吉川くんの言葉を合図に私たちは本を読み始める。
この作品の背表紙に書いてあるあらすじを読んだ感じ、高校生活の中で主人公とヒロインの関係が徐々に深まって……みたいな感じらしい。
「へー、なんかヒロインいい感じじゃん」
「そうだね」
冒頭のカラーページにヒロインのイラストがあった。
パッと見た感じだと、ヒロインはこの子だけっぽい。
「どっちともテンションめっちゃ低いね」
主人公もヒロインも授業はぼーっと話を聞いて、下校時刻になったらすぐに帰るという生活スタイル。そうなると学校外で偶然会って、そこから仲を深める感じかな。
予想通り、学校外の書店で2人は遭遇した。
しかし、2人はお互いに気づいたものの、すぐに視線を外して買い物を続ける。
これで恋愛とか始まるの?
「そういえば吉川くんさ、今はどういう感じで本読んでるの?」
「椅子に座って読んでるね」
「ふーん」
「……」
吉川くんはなぜか黙った。
「こういう時は『秋谷さんは?』って聞く流れだと思うんだけど」
「聞き方によっては失礼にならない?」
「なに、失礼な聞き方するつもりだったの?」
「沈黙は金っていうじゃん」
相手の顔が見えてない状態での沈黙は気まずい感じになるだけだと思うんだけど。
ちなみに私はベッドで本を読んでいる。
そっちの方がリラックスできるから。
その後、私たちは本格的に読み始めた。
主人公とヒロインは休み時間や昼休みに少しずつ話しながら関係性を深めていく。
一気に仲良くなるというより、低空飛行で徐々に、という感じだった。
「こんな相手との会話が少ないの、初めて見たんだけど」
「だいぶ変わってるよね」
ほとんど主人公の内面描写で、会話は見開き1ページに一回あるかどうか。
かなり読者層を選ぶ作品だな、と思った。
物語も終盤。
そのころには昼休みに机を数センチずつ近づけて話すような間柄になっていた。教室の片隅で静かに話をしている様子に力点が置かれていて、ヒロインのちょっとした仕草や主人公の反応が細かく描写されている。学校生活の中にあるちょっとした幸せが丁寧に表現されていると感じた。
そして残り10ページまで到達した。
昼休みに雑談をしているが、ヒロインは時計をちらちら見ている。
「なんで時計を見てるの?」
「別になんでもないよ」
2人の会話はそこで途切れた。
ヒロインは秒針をただ眺めている。
だから主人公も、秒針を眺めてみた。
秒針はゆっくり原点まで戻り、昼休みを終えるチャイムが鳴った。
その瞬間、ヒロインは立ち上がって主人公に耳打ちする。
「ねぇ、私たち付き合わない?」
チャイムが鳴り始めてから終わるまでは約15秒しかない。
だから主人公はその間に返事をした。
「いいよ」
放課後になって、主人公とヒロインは同じタイミングで教室を出る。
その後は言葉を交わすことなく校門まで辿り着いた。
「あっちだっけ?」
ヒロインは主人公の帰宅の道を指さす。
「うん」
「私はこっちだから」
またね、と言って2人は別れた。
「ずっとテンション低いままだったね」
ちょうど同じタイミングで読み終わったので感想を呟いた。
最後の最後で爆発するかなって思ったけど、それすらも外してくるとは。
「チャイムが鳴るのを確認してるときのヒロインの気持ちとか興味あるかも」
「見た感じ落ち着いてるけど、実はめちゃくちゃ緊張してるだろうね」
経験したことはないけど、心臓がどうにかなってしまうかも。
それくらい、告白するのは勇気のいることだと思う。
「で、吉川くんはなんでこの作品にしたの?」
「秋谷さんって恋愛が全面に出てくる作品は嫌いって言ってたでしょ?」
そういうのを加味して、この作品を選んだらしい。
恋愛が全面に出てくる作品が嫌いというのはラブコメを布教される前の話だ。
好きかどうかはさておき、今はそれなりに読むことはできる。
その後はしばらく雑談をして過ごした。
「そろそろいい時間かもね」
時刻は午前2時過ぎで、かなり眠たくなってきた。
「じゃあもう切る?」
「いや、もうちょっと待って」
深く考えないでベッドの上で仰向けになる。
「吉川くんって今は椅子に座ってる感じ?」
「うん」
「もうベッドに入ってもよくない?」
「そうだね」
すぐに吉川くんの方から小さなノイズが耳に入ってくる。
本当にベッドに移動しているのかもしれない。
「吉川くんって明日は何時に起きる?」
「8時過ぎかな」
週末はいつもそのくらいだね、と言う声が大きくなったり小さくなったりする。
たぶん、ベッドの上でごろごろしてるのだろう。
「前に吉川くんが言ってたよね」
「なんか言ったっけ?」
「朝はヒロインに起こされたい、みたいなの」
「あー言ったかもね」
「8時くらいになったらモーニングコールしてあげてもいいけど」
「へーじゃあ頼んでもいい?」
深く考えてなさそうな吉川くんは、素直にモーニングコールをお願いしてきた。
「じゃあ7時50分くらいに電話かけるね」
「えー、あと10分寝かせて欲しいんだけど」
「7時50分って四捨五入したら8時じゃん」
「また明日ね」と半ば強引に電話を切ると、4時間近く電話をしていたことを示す履歴が残った。
4時間って短いんだなーと思いながら、7時に目覚ましをセットして瞼を閉じた。
ジリリリリリリ!!
「……え、もう7時?」
うるさいアラームを止める。
「あれ、なんで7時に目覚ましを設定したんだっけ?」
頭が良く働かないまま理由を思い出す。
あーそうだ、吉川くんにモーニングコールをするって言ったんだ。
別に外に出るわけでもないんだけど、歯磨きと洗顔を済ませる。
「あと20分で7時50分か……」
早く準備をしたせいで、少し暇ができてしまった。
だからと言って、SNSを見て時間を潰す気分にはなれない。
一日中スマホを見てしまいそうだし。
昨日の小説を本棚に入れてから、昨日のことを思い出した。
「……私、変なこと言ってなかったかな」
昨日は深夜テンション気味だったからちょっと怪しい。
思い出す限り大丈夫そうだけど、吉川くんから見てどう思ったか分からない。
あとで聞いてみよう。
そうこうしているうちに7時49分。
あと1分後に、吉川くんに電話をすることになる。
「……7時50分きっかりに電話するのって必死な感じが出る?」
なんか私が電話するのに必死な感じがして嫌かも。
でも電話して起こして終わりってのは寂しい。
7時50分になった。
それを確認して、私はすぐに通話ボタンを押した。
朝のちょっとした時間でも、吉川くんと話がしたいし。
「もしもーし」
「思ったより早く出たね」
1コール目で吉川くんは出たので、少しびっくりした。
想定では何度もかけなおすつもりだったんだけど。
「昨日の寝るとき、モーニングコールするって言ってたじゃん」
「うん」
「寝起きの声を聞かれるのは、ちょっと恥ずかしくない?」
だから、私と同じ7時頃に目覚ましをかけたという。
「じゃあ私が電話する意味なくない?」
「いやいや、電話が来たってことが重要だから」
へーそっか。
ふーん。
吉川くんの真意を探る前に、別の質問に移る。
「昨日の私、変なこと言ってなかった?」
「どうだったかなー」
「マジで覚えてない?」
「なに秋谷さん、昨日変なこと言ったの?」
「いや言ってないんだけど、確認みたいなものだよ」
ともかく、私は変なことを言っていなかったみたいだ。
よかったよかった。
素の状態だと、自分でも何を言うか予想できないから。
「今日は何か予定ある?」
「ないね」
宿題を片付けるくらいかな、と私は応える。
「あーゴールデンウィークもあと2日だもんね」
「え、あと1日じゃない?」
「……あれ?」
時刻は7時59分。
「じゃあ吉川くん、またねー」
「宿題はちゃんと終わらせないとダメだよ」と付け加えて電話を切った。
吉川くんは何か言いかけていたけど、私には関係のないことだろう。
軽く伸びをしてから、これまでのトーク履歴をなんとなく遡ってみた。
スマホのデータ引継ぎやらなんやらで遡れるのは中学3年の春ごろ。
私が告白未遂をやらかしたせいで絶賛気まずい期間だったはず。
一度だけスクロールをすると、一瞬で高1の7月までたどり着いた。
それからはぼちぼち話を続けているって感じ。
色んなことを思い出しながら履歴を見ていると、吉川くんから連絡が来ていた。
やば、一瞬で既読ついちゃった。
普通に恥ずかしいんだけど。
『数学の宿題終わってる?』
「もう、ほんとに吉川くんなんだから……」
せっかく感慨に浸ってるんだから、もうちょっと空気読んでよ。
『どういう意味で聞いてるのか分からないけど、ちゃんと自分でやってね!』と送信し、ウサギのスタンプを添えた。




