王都のデート、過保護な視察
マナが寄宿舎へ旅立ってからというもの、森の邸宅は驚くほど静まり返り、リュカの独占欲は、その矛先のすべてを再びまゆ一人へと向けていた。
「……まゆ。あいつがいない間、あんたの呼吸一つ逃さないと言っただろう。ほら、こっちへおいで」
リュカは、暇さえあればまゆを抱き寄せ、その漆黒の髪に顔を埋めては、自らの魔力で彼女を包み込む「至高の檻」に浸っていた。
ある秋の日。
まゆは、自分の腰にしがみついて離れない「大きな子供」の銀髪を撫でながら、ふと思いついたように切り出した。
「ねえ、リュカ。たまには二人で、王都へデートに行かない?……ついでに、マナの様子もこっそり見に行きましょうよ」
その瞬間、リュカのオパールの瞳が、複雑な虹色に明滅した。
(……王都だと? あんな不浄な人間がひしめく場所に、まゆを連れて行くのか? ……だが、『デート』……あんたと二人きりの、特別な外出……。くそっ、なんて甘美な響きだ……っ)
「……ふん。マナの様子なんて、たまの連休には帰ってきているんだから十分だろ。……だが、あんたがどうしても俺と外を歩きたいと言うなら、行ってやらないこともない」
リュカは不遜な態度を装いながらも、耳元の漆黒のピアスを歓喜でトクトクと脈動させていた。
数日後。王都の賑やかな通りを、場違いなほどに美しい一組の男女が歩いていた。
リュカは、まゆを誰の目にも触れさせたくないという本能を抑え込むため、彼女の肩を抱き寄せ、周囲に不可視の「拒絶の結界」を張り巡らせていた。
「……おい、まゆ。あそこの男、今あんたを見たぞ。……焼き殺していいか?」
「あらあら、ダメに決まっているでしょう、リュカ。……ほら、あのお店、マナが好きそうなリボンがあるわよ」
まゆが楽しそうに店を覗くたびに、リュカは「……あいつにはこれで十分だ」と適当な品を買い上げつつ、本命であるまゆへの贈り物(最高級の耳飾りやドレス)を、彼女に気づかれないよう裏で次々と注文していた。
そして、夕暮れ時。二人は学院の近くにある、マナがよく立ち寄るというカフェの通り向かいの店にに身を潜めていた。
「……いたぞ。……おい、見ろ。あいつ、……隣の男と笑って話してやがる。……あの男は誰だ! まゆ、今すぐあいつの記憶から、マナの存在を消し去ってやる……っ!」
「もう……落ち着いて、リュカ。ふふっ、……ほら、見て。マナ、あんなに生き生きした顔をして。……私たちが教えられなかった世界を、あの子は見つけているのね」
まゆが漆黒の瞳を細めてマナの成長を慈しむ姿を見て、リュカは毒気を抜かれたように、ぐっと拳を握りしめた。
「……ふん。……まゆがそう言うなら、今日は見逃してやる。……だが、あいつがあんたに似て美しくなりすぎるのは、俺にとっちゃあ計算違いだな。……世界中に、俺の天敵が増えていく気がするよ……」
不敵に、けれど娘の自立を少しだけ誇らしげに認めたリュカ。
帰り道、夕闇に包まれた王都の街角で、リュカはまゆを路地裏に引き寄せ、深い接吻を落とした。
「……今回のマナの視察は終わりだ。ここからは、俺とあんたの『デート』の続きだぞ。……覚悟しろよ、まゆ。……今夜は、あんたにマナの名前なんて一言も出させないくらい、俺だけで満たしてやるからな」
王都の灯りを背に、二人の影は再び、濃密な虹色の結界の中へと消えていった。
それからしばらく。
王都の喧騒を離れ、神凪の森が色鮮やかな夏の緑に深まる頃。
一時の静寂を取り戻していた邸宅に、待ちわびた華やかな気配が戻ってきました。
「――ただいま。お父様、お母様!」
一足の軽い足音が玄関へと響きます。
それは、学問という名の外海を知り、少しだけ大人びた表情を見せるようになったマナの、待ちに待った帰省だった。
「おかえりなさい、マナ。ふふっ……お父様がお待ちかねよ?」
テラスでハーブを摘んでいたまゆが顔を上げ、漆黒のピアスを揺らして微笑むと、その背後からリュカが、「独占欲」を全開にした虹色の魔力を漂わせて、玄関へと出てきた。
「……おかえり、マナ。随分と遅かったじゃないか。王都の軟弱な魔動馬車は、森の入り口で迷ったのか?」
リュカは腕組みをし、極めて「厳格な父」を装って立っていた。
しかし、そのオパール色の瞳は、成長した娘の姿を捉えた瞬間、隠しきれない歓喜と安慮で激しく虹色に明滅している。
耳元の漆黒のピアスが、再会の高揚に共鳴してドク、ドクと速い鼓動を刻んでいた。
馬車から降り立ったマナは、まゆにそっくりな漆黒の瞳をスッと細め、リュカの威圧感を柳に風と受け流しながら、優雅に微笑む。
「ただいま、お父様。相変わらずこの森の結界は、息が詰まるほど『独占欲』で満ちているわね。お母様がよく愛想を尽かさないものだわ」
「……っ、マナ。お前、口の減らないところまでまゆに似て……。いいか、この結界はあんたたちを守るための……」
「はいはい。お母様、お父様を放っておいて、早く中へ入りましょう? 王都の珍しい紅茶を持ってきたの」
マナがリュカの脇をすり抜け、あなたの腕に抱きつくと、リュカは一瞬だけ呆然とし、それから
「……おい、マナ! 俺を無視するな!」
と、かつての子供のような声を上げた。
リビングに入ると、リュカはまゆの隣を陣取ろうとするマナを制するように、素早くあなたの腰を引き寄せ、所有権を主張する。
「……マナ。外の世界で何を学んできたか知らないが、この家では俺がルールだ。……まゆの隣は、一生俺の特等席なんだからな」
「あら、お父様。私がお土産話を始めたら、お母様はきっと私に釘付けよ? お父様の入る隙なんて、一秒もないわ」
マナが悪戯っぽく、リュカ譲りの虹色の魔力を瞳の奥にぎらつかせると、リュカは
「……まゆ、見たか? この子、俺に宣戦布告してやがる」
と、完敗した戦士のような顔であなたを見上げました。
「……あぁ、もう。あんたにそっくりな美貌でそんな生意気なこと……。まゆ、今夜はあの子を早く寝かせて、俺をたっぷり慰めてくれよ。じゃないと、俺、嫉妬でこの森を永遠に閉ざしちまいそうだ」
リュカはあなたの首筋に顔を埋め、娘の前であることも忘れ、一人の「男」としての烈しい独占欲を低い声で囁いた。




