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神凪 (カナギ) の檻 ―5歳で拾われた美少年は、巫女を一生離さない執着魔王になりました―  作者: 神凪 永遠


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旅立ち、終わらない初恋

神凪(カナギ)の森に、春の終わりを告げる透き通った朝光が差し込む。


邸宅の玄関先、馬車が待機する石畳の上で、マナは旅立ちの準備を整えて立っていた。



「……本当に行くんだな。今ならまだ、俺がそのゴーレム馬車(魔動力馬車)を虹色の灰にして、なかったことにしてやれるんだが」


リュカは、わざとらしく腕を組み、不機嫌を隠そうともしないオパールの瞳で娘を睨みつけていた。


(……あぁ、胸が焼ける。まゆから産まれたこの愛おしい『不純物』が、俺の結界の外へ、あの汚らわしい王都へ消えていく。……何が学問だ。俺が一生、この檻の中で、誰よりも贅沢に、誰よりも安全に守ってやれるというの

に……っ!)


リュカの内側では、過保護という名の独占欲が、暴れ狂う魔力となって渦巻いていた。

しかし、その大きな手は、マナの頭を乱暴に、けれど泣き出しそうなほど優しく撫でていた。



「お父様、往き生地が悪いわよ。あんなに厳しい条件を出して、私を縛り付けたのは誰だったかしら?」


マナは不敵に、けれど最高に誇らしげに笑い返した。


(……お父様ったら。本当は寂しくて死にそうなのに、最後まで『魔王』の顔を崩さないんだから。……でも、お父様。貴方のその重すぎる愛こそが、私の背中を押す一番強い魔法なの。……見ていて。王都で一番の魔導師になっていつかこの強固な檻を、内側から支えてみせるから)


マナの漆黒の瞳の奥に光る虹色には、気高い野心と決意が宿っていた。



「……リュカ。そんなに怖い顔をしていたら、マナが心配して行けなくなってしまうわ」


まゆが、そっとリュカの腕に手を添えた。長い漆黒の髪が、朝日を浴びて穏やかに揺れている。


(……、マナ。貴方は本当にリュカに似て、一度決めたら曲げないわね。……寂しくないと言えば嘘になるけれど。貴方が外の世界で、自分だけの『光』を見つけることを、私は信じているわ。……もし疲れたら、いつでもこの(まゆ)に帰ってきなさい。貴方の場所は、ずっとここにあるのだから)


まゆの漆黒の瞳には、母親としての寂寥(せきりょう)を飲み込むほどの、深い、深い慈愛が湛えられていた。



「……ふん。マナ、行け。……ただし、俺が刻んだ『守護』を忘れるな。あんたが涙を流す前に、俺が世界を焼き尽くしに行く」


リュカが突き放すように背を向けると、マナは一度だけ深く頷き、軽やかな足取りで馬車(ゴーレム馬車)へと乗り込んだ。



「いってきます、お父様、お母様! お土産、楽しみにしていてね!」


動き出した馬車の窓から、マナが大きく手を振る。

それが見えなくなるまで、リュカはその場を一歩も動かず、虹色の魔力で王都までの道を密かに清め続けていた。


「……マナ、行ったわね。……リュカ、そんなに寂しいなら、追いかけてもいいのよ?」


まゆがくすくす笑って、寂しがり屋の夫の手に指を絡ませる。


「……うるさい。……あぁ、クソ。……俺が、この森の邸宅から……まゆから離れるわけないだろ」


愛娘を送り出した喪失感を、まゆという名の深淵で埋めようとするように、リュカはまゆを強く、折れんばかりに抱き寄せた。

神凪の森に、新しい風が吹き抜けた、ある決意の朝の風景だった。







マナが王立魔法学院の寄宿舎へと旅立ってから、数時間が経過した。

つい先程まで、荷物の最終確認で「あれを持て」「これは危ない」と騒ぎ立て、出発の間際までマナに縋り付いては「やっぱり止めるなら今だぞ」と泣き言を漏らしていたリュカも、今は静まり返った邸宅の中で、所在なげに立ち尽くしていた。


十二年ぶりに訪れた、マナの気配がない静寂。

リュカは、主がいなくなった子供部屋の扉をそっと閉めると、リビングのソファで本を読んでいたまゆの元へ、ふらふらと幽霊のように歩み寄った。


「……まゆ。……あいつ、本当に行っちゃったんだな。……あんなに小さかったのに、俺の結界を軽々と飛び越えて……」


大きな身体を丸め、リュカはまゆの膝に力なく頭を預けた。

オパールの瞳には、誇らしさと喪失感が混ざり合った、複雑な虹色に潤んでいる。

耳元の漆黒のピアスが、主の心の穴を埋めるように、ドク、ドクと深く、艶やかな闇を放っていた。


まゆは、リュカの銀髪をあの日雪の中で拾った時と同じ慈愛を込めて、ゆっくりと撫でた。


「ええ。……でも、あの子は貴方が教えた『強さ』を持って旅立ったのよ。誇りに思っていいわ、リュカ」


「……分かってるよ。でも、……あいつがいないと、この家が広すぎて……俺、なんだかあんたまで遠くへ行ってしまいそうで、怖いんだ」


リュカはまゆの腰を、壊れ物を繋ぎ止めるような切実さで抱きしめた。


まゆは、彼の耳元に顔を寄せ、理性を溶かすような、甘く柔らかな声で囁いた。


「……ね、リュカ。……ようやく、二人きりになったわね」


「…………っ」


その一言に、リュカの身体が弾かれたように強張ったた。


まゆは、彼のオパールの瞳を真っ直ぐに見つめ、いたずらっぽく、けれど最高に艶やかな微笑みを浮かべた。


「……マナがいない間、私の時間は一分一秒たりとも逃さず、貴方が全部買い取るんでしょう? ……期待しているわ、私の旦那様」


「…………。……あんたって人は、本当に……っ!」


リュカの瞳に、一瞬で「男」としての烈しい熱が宿る。


彼はまゆをソファに押し倒すように覆い被さり、獲物を檻に閉じ込めるような、凄絶に美しい微笑みを浮かべた。


「……あぁ、分かったよ。望むところだ。……あいつがいない間、あんたの呼吸も、心音も、一滴の涙も……全部俺だけで塗りつぶしてやる。……覚悟しろよ、まゆ。……俺、あんたに『もう十分だ』って泣きつかれるまで、離してやらないからな」


不敵に口角を上げたリュカ。

娘が巣立った後の邸宅は、悲しみではなく、二人の「終わることのない初恋」を再燃させる、最も濃密な聖域へと戻っていった。


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