少女と青年5
少女は青年と談話室にいた。
少女が青年に渡したいものがあったので時間をもらったのだ。
「もしかしてぬいぐるみができた?」
「え?」
「ごめん。入ってくる時にちらりと見えちゃったんだ」
「あ、そうでしたか」
言い当てられてびっくりしただけだ。
では、と後ろに隠していたリボンをかけた袋を取り出す。
「どうぞ。気に入っていただけたらいいのですけど」
「ありがとう。今見てもいい?」
「はい、もちろんです」
青年が丁寧な所作でリボンを解いてぬいぐるみを取り出す。
「けっこう大きいね」
「大きすぎましたか?」
腕に抱き抱えるくらいの大きさだ。
「ううん、抱きしめるのにちょうどいい」
その用途のために作ったものだ。ちょうどいいならよかった。
青年はぎゅっぎゅっと抱きしめてみたりしている。
「肌触りもいいね。抱き心地もいい」
その辺りはこだわったところだ。
思わず笑顔になる。
「よかったです」
「気に入ったよ、ありがとう」
「気に入ってもらえて嬉しいです」
やっぱり作ったものを喜んでもらえるのは嬉しい。
「それで君のは?」
「え?」
「作ったんでしょ? 見せて?」
確かに作った。
なんなら今この部屋に持ち込んでいる。
少女の分を作ったことを知っているのには別に驚かないが、この部屋に持ち込んでいることまで知っている気配がする。
「駄目?」
「その目は反則です……」
青年が苦笑する。
「そんな目ってどんな目?」
おねだりする犬のような目とは言えない。
少女は答えずにクッションの下に隠していた自分の分のぬいぐるみを取り出す。
一回り小さい淡いクリーム色のうさぎのぬいぐるみだ。瞳の色は葡萄色だ。
何故か青年は少女のうさぎのぬいぐるみを見て満足そうだ。
「ふふ、お揃いだね」
「そうですね」
「君のほうが一回り小さいのかな? でも可愛い」
「よくわかりましたね」
「まあ商会を持っているからね。目利きは大切なんだ」
なるほど、と頷く。
確かに大きさの詐称とか気をつけなければならなそうだ。
商会長が詐称を見抜けなかったとなると評判が落ちるだろう。
たぶん。
それに規定通りでなければ損害が発生しかねないというのもあるかもしれない。
少女にはその辺りはよくわならないけど。
青年が席を立って少女の隣に移動してくる。
そしてぬいぐるみを並べてみせる。
仲良く寄り添うようにして。
その様はまるでーー
「恋人みたいだね」
まさに少女が思ったことを青年が言う。
「私もそう思いました」
青年は嬉しそうに微笑う。
何故だろう?
ただそういう置き方をしただけだと思うのだが。
だが嬉しそうな青年にそう指摘するのは憚られる。
大したことではないので気分を害するようなことは言わなくていいだろう。
とりあえず微笑っておく。
並んで置かれたうさぎのぬいぐるみが可愛らしい様子なのは確かなので問題はない。
隣に座ったまま、青年がリボンの結ばれた小袋を取り出した。
「これは僕からのお礼」
お礼という言葉に反射的に警戒してしまう。
青年が苦笑する。
「警戒しないでもお菓子だよ」
「お菓子、ですか?」
「そう。ほら手を出して」
おずおずと手を出すと小袋を乗せられた。
少し重量がある。
「そんな疑うような目で見なくても本当にお菓子だよ。外国の珍しいお菓子なんだ。開けてみて」
促されて恐る恐る袋を開ける。
中に入っていたのは、星形のカラフルなお菓子でーー
「これは、金平糖?」
「ああ、知っていた? そう金平糖。色によって味が違うんだ」
「うちの国では普通に食べられていたものですから」
「へぇ」
感心したような声だった。
「君の国は豊かな国なんだね」
「そうですね。豊かな国です。砂糖も塩も自国で作ってますしね」
ここで謙遜しても仕方ない。
豊かな国であることは事実だ。
「へぇ。それは確かに豊かな国だろうね」
砂糖も塩も自国生産でき輸出できるところと、輸入に頼らざるを得ないところでは国力に差が出るという。
砂糖も塩も自国生産できるこの国はだから豊かなのだ。
この国では塩も砂糖も庶民でも比較的手に入りやすいという。
それでも外国のお菓子であるこれは高価なものだろう。
手元の金平糖に視線を落とした後で少女は青年を見る。
「大切に食べますね」
「うん。でもなくなったら言ってくれればすぐに用意できるから言って」
「ありがとうございます」
そう言ってくれるのは少女の国では普通に食べられたお菓子だと言ったからだろう。
少女の心に配慮してくれたのだ。
青年は心配そうに表情を曇らせた。
「不自由してない? 大丈夫?」
「不自由はしていません。皆さん親切ですし、幸せに過ごさせてもらっています」
「そう、よかった。でも何かあったら遠慮なく言ってね」
「もう十分過ぎるくらいですよ」
「君は欲がないね」
「そんなことはないですよ」
本当にそんなことはない。
ただ今でも十分だというだけだ。
「そんな君だからこそ……」
後半は何を言ったか聞き取れなかった。
「もう一度言ってもらえませんか? よく聞き取れなくて」
「ごめん、独り言」
「そうですか」
つんと青年が黒いうさぎのぬいぐるみをつつく。
「大切にするね。ありがとう」
「どういたしまして。私のほうこそありがとうございます」
「うん、どういたしまして」
そう言って青年はふわりと微笑った。
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