少女と青年と侍女2
「だいぶ髪が伸びたね」
「あ、そうですね」
ここに来た時は肩くらいだった少女の髪が、今は肩甲骨の下くらいまで伸びている。
青年が手を伸ばして一筋掬う。
「ふふ、さらさらだ」
青年はどことなく楽しそうだ。
少女としてはこの長さはちょっと煩わしい。
そろそろ切るか結うかしたいところだ。
この国では女性が髪を全て結い上げるのは労働者のみということだ。
それは労働階級の者だけではないらしい。
仕事時は上流階級の者であろうと髪を全て結い上げているそうだ。
さすがに平民でも女性はショートカットは有り得ない、とか。
短くても肩くらいまでなのだそうだ。
それならばせめて肩くらいまでは切りたい。
ちらりと青年を見る。
彼は少女の髪を掬っては離し、掬っては離しを繰り返している。
「あの、」
「切るのは駄目だよ」
「はい」
訴えは先に封じられてしまった。
だったら結っておくしかない。
ハーフアップくらいならいいらしいからそれで妥協するしかない。
後で身の回りの世話をしてくれる侍女に相談しよう。
そんな話をしたのが数日前の話。
上機嫌な様子で帰宅した青年が少女のもとを訪れた。
「手を出して」
「はい」
素直に手を出すと「はい」とその手に乗せられたのは葉と蔓まで模した蒲萄の髪飾りだ。金細工でできており、葉と実はどう見ても宝石だ。
「っ!」
最近お菓子やリボンなどのささいな小物だったから油断していた。
こんな高そうなものーー
「大丈夫。そんなに高価なものじゃない。日常使い品だよ」
先に言葉を奪われる。
「そうは思えません!」
「でもこれくらいは普通に日常で使うよ。ね?」
青年が侍女に訊けば、彼女は笑顔で大きく頷いた。
そんな馬鹿な。
青年が少女の髪を一房手に取る。
「この艶々の綺麗な黒い髪に似合うと思ったんだ」
「それは、侍女さんたちのお陰です。ここに来た時にはばさばさぼさぼさだったので……」
すっと周囲の気温が下がった、気がした。
「本当に誰が君を虐げていたのか。八つ裂きにしてやっても足りないくらいだよ」
「ああ、いえっ! 一人暮らしだったので、余裕もなかったしそこまで気が回っていなかっただけです。誰かに虐げられていたわけではないです」
「一人暮らし? なら働いていたということかな? まさか余裕がなくなるほど酷使していたのかな?」
「あ、あ、働き始めたところだったので、余裕がなかっただけでっ! 職場は、悪くありませんでしたからっ!」
手出しされることはないのはわかっているが、焦る。
「そもそも働いていたの言っていませんでしたっけ?」
「働く場所が欲しいとは聞いたけど働いていたとは聞いていない」
そうだったかな、と首を傾げ、そうだったかもしれないと思い直す。
とにかく生活の糧を得るのが最優先課題だと思ったのだ。
結局は働くことなく青年の屋敷に居候状態だが。
お仕事を……と頼もうとするといい笑顔で却下されてしまう。
青年だけではない。
使用人の誰に言っても笑顔で何だかんだと言葉巧みに却下されてしまう。
おかしい。
最初はここに慣れるまでは、という話だったのに。
誰も少女に仕事をさせる気がないようだ。
そのことは今は置いておいて口を開く。
「私の住んでいたところでは学校を出たら働き始めるのが一般的だったので」
普通のことだったのだと言っても何故か納得はしてくれない。
「豊かな国なのに?」
「一部のお金持ちなら働かない人もいるでしょうけど、私は一般人ですし。それに、何だかんだいって働くのが好きな国民性なのでしょうね」
「なるほど。だから仕事を欲しがったのか」
「それもありますけど、無一文だったので働く以外の選択肢がありませんでした」
「あー、なるほど」
少し考える様子を見せた青年がちらりと少女を見る。
「役目が欲しい?」
「正直に言えばやることがあったほうがありがたいです」
「わかった。考慮しよう」
「本当ですか? ありがとうございます」
「でも、今はまだ勉強が必要だからね。今の君の仕事は勉強することだ」
「……わかりました」
確かに今はまだいろいろ勉強させてもらっている途中だ。
少女は自分がとても恵まれていることは自覚している。
見ず知らずだった少女を保護して衣食住の面倒を見てくれてそのうえ、勉強までさせてもらえているのだ。
一日でも早く自立してこの恩を返したい。
読んでいただき、ありがとうございました。




