生きていけない。
香香は賞金首。
身の安全のため、私は李氏様の家を出ないことになった。だから雲嵐は家族に私を紹介できない。
「雲嵐、私、名前変えたの。麗って名に」
家族には麗って紹介して。それでも、雲嵐が家族の前から姿を消したことを話すなら、私が、和平条約の調印のために西の国境へ行ったことを説明しなきゃならない。その辺のことは語り部がそこらじゅうで喋ってる。
バレちゃうね。香香だって。
「分かった。賞金首になってる香香は、オレの知ってる香香じゃないから。ちゃんと説明する」
賞金首の香香は、今では革命の煽動者。民主制のシンボルになってる。
李氏様は、私が下の下の下をビジネスとして請け負っていたことを、雲嵐の家族に直接説明するとまで言ってくれた。
「雲嵐、ゆっくり休んで。たくさん食べて体力を取り戻して」
人相が変わるほど痩せて変わり果てた雲嵐は、トレードマークだった銃を背負っていない。今は、銃すら重く、背中の骨が銃に当たって、背負い続けるのが辛いと言う。
「香、……麗がいなくなってからは、もう、食べる物も喉通らなくて。腹が減ったとかどうでもよくなってた」
それを聞いて、はらはらと涙が溢れた。目の前の人は、私がいなくなったら生きていけない。
絶対に雲嵐と一緒にならなきゃ。誰に反対されようと。この人が生きるために。私だって、雲嵐がいない世界なんて考えられない。
ぎゅっと雲嵐の手を握る。その手を痛いほど握り返される。
自分より大切な人。
身を隠している私は、雲嵐を見送ることすらできなかった。
翠蘭の前で泣いた。あんなに痩せ細って、見窄らしい姿になって、下の下の下より酷い悪臭に塗れて。好きな人のそんな姿は辛くて苦しかった。
翠蘭は静かに私を抱きしめてくれた。
李氏様は下の下の下の檻の前に札を立て、私が下の下の下の身分ではなかったことを掲示した。でもさー、みんな字ぃ読めないんだよね。
今では毎日、檻の上に人が上り、広場に集まった人達に民主化の演説をしてるらしい。世を乱す者として何人も投獄&鞭打ちの刑に処された。牢は人でいっぱい。それでも広場に人が集まる。
心の痛さを美味しいもので埋めているとき、李氏様帰宅の音が聞こえた。なんだか騒がしい。燈実様と御者も一緒だった。乙女の部屋へづかづかと入ってくる。
「よ、麗。土地台帳を調べたら、金満寺の屋敷だったし」
と燈実様が話せば、御者は別の報告をする。
「都の港へ行って船の使用記録を調べたら、河港使用許可証の一二は使われてねーの。それから、これ、麗へのお土産」
お茶と菓子があった机の上にどさどさと山のように紙を束ねた冊子が置かれる。
「「じゃ、よろしく」」
よろしくじゃねーよ。
「これ、なんですか?」
「前回、異国からの船が来たときの記録と異国への船を出したときの記録。なんか分かるかもって思って。麗はこーゆーの読むの好きなんだって? 燈実に聞いた」
ワタクシが? 初耳。
「それと、ここら辺のは、北の国への賠償金の記録。じゃ、オレらは夕食、食べてくる」
夕食は私もまだ。翠蘭と食べよ。
翠蘭は李氏様と私がいない間に字を覚えた。
部屋に資料が運ばれたことを話すと、食後、興味津々で見に来た。物語や説明書しか読んだことのない翠蘭は、帳簿に目を輝かせている。
私は翠蘭に、金満寺へ持って行った香炉の中に、華港使用許可証と河港使用許可証が入っていたことを知らせた。それから、李氏様が北の国への賠償金が支払われていないかもしれないと疑っていることを。ついでに北部で飢饉があって、救援の食糧も届いていないかもしれないことも。
翠蘭は板に墨で字を書いた。
『仕事に使われてる字って初めて。かっこいい』
「書物の書き方とは、ぜんぜん違うよね」
んーっと。かっこいいって感性はちょっとよく分かんない。




