最愛
翌朝、狼の遠吠えで目が覚めた。
! この声。
飛び起きた。部屋の扉を開け、回廊の手すりを飛び越えて庭に降り立つ。
「ガオ」
ガオは飛びついてきた。分厚い毛に覆われた体は別れる前よりも一回り大きくなってる。私を押し倒してぐーぐー言いながら体を擦り付け、太い前足でじゃれついて服を引っ掻く。
「痛いよ。ガオ、嬉しいね。分かった。分かったから。雲嵐は?」
屋敷の門扉を叩く音がした。
雲嵐!
使用人が門を開けたらしい。声が聞こえた。
「どっかへ行け。施しはしない」
「李氏様にお取次を。雲嵐と言えば分かります」
「こんな早くに。汚い手で触るな!」
「お願いします。雲嵐です」
「っるせーな。まだみんな寝てる」
「香香は帰ってますか? 香香は」
足が勝手に走り出す。
そんな私を李氏様が遮った。
「部屋に戻れ。私が出る」
話し声が聞こえ。馬車が門から入る音。それから。
「生きて…た……」
私の姿を見た雲嵐が、膝から崩れ落ちた。
髪も髭も伸び放題、頬はこけ、服は破れて変色し、日に焼けた腕は細く折れそうになっている。四つん這いになって「生きてた。生きてた」と繰り返す。雲嵐の涙が雨のように降り、土の色が変わっていく。
「会ぃたかった」
地面に伏す雲嵐を抱き抱える。こんなに痩せて。こんなに見窄らしくなって。
再会を喜びあっていると、李氏様が一言。
「雲嵐に湯浴みと着替えを」
雲嵐は庭中に異臭を放っていた。汗と獣と泥ともう訳わかんないくらい臭い。下の下の下の衣装より酷い。
ガオは、私達の再会を見届けると塀の向こうに姿を消した。
しばらくすると、着替えてさっぱりした雲嵐が部屋に現れた。
「香香。香香。ホントに香香?」
「お帰りなさい」
雲嵐を抱きしめる。厚い筋肉は形をひそめ、ごりごりと骨を感じた。雲嵐の筋肉が好きだったはずなのに、それがなくなっても、雲嵐は雲嵐で。
好き。
私が殺されかけた日のこと。雲嵐がキジを仕留めて荷馬車に戻ると、私の姿がなかった。何本も弓矢があり、荷馬車周辺が荒らされていた。
すぐさまガオを頼りに探したけれど、港で匂いが途絶えた。港にいたのはイカツイ男ばかり。私のことを尋ねた。でも「港に女がいるとすれば、売られる女かウリに来た女だ」と言われた。売られらる女は都方面に運ばれると聞き、大河沿いに都を目指した。
大河沿いに私の痕跡はなかった。
「みんなが香香の歌、歌ってて。街には香香の変な絵が貼ってあって。まさか、殺されたかもって何度も思った」
「いつも雲嵐に伝えたかった。船の中で。『ここにいるよ』って」
「香香探しながら、家に帰んなきゃってのも思って」
「あ! 私、馬牧場の前で、女の子に会ったよ。みんな心配してるって言ってた。雲嵐のお母さんは泣いてるって。早く無事な姿、見せてあげて」
そう言うと、雲嵐は私の手を取る。
「一緒に来て。家族に紹介する」
それはダメ。
「行けない。私、賞金首なんだよ」
「香香は何もしてない。一緒にいたから知ってる。ちょっと米蔵のとき絡んだだけだろ?」
「私は下の下の下だったの」
「そんなのどーでもいい」
「よくない」
「どーしたの。今までそんなこと言わなかったのに」
「見えてなかったから。雲嵐に大事な家族がいること。家族が悲しむようなことしちゃダメだよ。雲嵐はみんなに祝福されて幸せんならなきゃ」
「どんだけ祝福あったってさ。オレ、香香いなかったら幸せなんてない。家族に紹介する。その後は、どっか、遠くへ行こう。誰も香香を知らないとこ」
扉がノックされ、翠蘭が食事を運んできてくれた。
翠蘭に雲嵐を紹介する。翠蘭は花が咲いたように喜んでくれた。そして、自分の両手を胸にあてる。
「うん、そう。この人なの」
言いながら、私も翠蘭と同じように胸に両手をやった。




