想いに色づく数字
「李氏様、お疲れのところ申し訳ないのですが、キラという西の国の者と会っていただきたいのです」
「これか?」
李氏様は竹筒から紙を取り出した。署名は西の国の字で「キラ」。「面会希望」と書かれている。どうにか読める程度の幾何学的な線の悪筆。もう1枚の紙には待機場所の地図が描かれている。そこは要人御用達の高級宿だった。
「それです」
キラの用件について伝えた。
「そうか。列強諸国が」
「お帰りになった早々で恐縮です」
長い説明をしている間、李氏様は立ったまま。目上の方を立たせているのを申し訳なく思い、自分も立ち上がる。
「いや、気にするな。座れない。馬に乗ったままでケツの皮がめくれた」
うわぁ痛そ。そんな大変な思いして帰ってきたんだ? 愛。
「麗」と改名したこと、兄のことを報告した。
「香香って名前、気に入ってたんです。初めての名前で響きが可愛くて。でも、あまりに名前が一人歩きしてしまったので」
「賢明だ」
その言葉に、翠蘭もこくこくと首を縦に振ってくれた。屋敷を出なくても、使用人達の噂や塀越しに香香の歌を聞いたのかも。あの歌ヤバいって。
旅の道中、李氏様は雲嵐に会わなかった。
李氏様一行が通った直後、私は何者かに狙われて雲嵐と離れ離れになった。その後、雲嵐が私を探したとしたら、李氏様一行よりも後になる。
「燈実に頼んで、過去の軍名簿から雲嵐の家を聞いておこう」
えー、待てないよ。燈実様って、ゆっくり遊びながら帰ってくるんだよね?
都の南にある山について尋ねた。下の下の下のとき、雲嵐は南の山から来たって言ってた。
「河までの範囲だったら山は4つしかない」
4つも。
「他に何か情報はないか?」
「猪や熊がいる山です。あ、牧場から都に馬を運んで来てました」
「馬か。ドラゴン山の馬牧場の倅かもしれん」
ドラゴン山の馬牧場ね。
ところで。李氏様がすこぶるご機嫌。始終、三日月が寝転んだような目でニコニコ顔。列強諸国の話の後と言うのに。
「香……じゃない。麗も分かるだろう。会えない日々にも想いが育つことを」
なんてゲロ甘なセリフを垂れ流す。
一方、翠蘭はかなりお疲れの様子でぐったり気味。うつらうつらし始めた。
まあね、ものっ凄く久しぶりに翠蘭に会えて嬉しくてたまんないだろーね。だけどさ、もう少し慎んでよ。李氏様の視線は目を閉じた翠蘭のお腹の下辺りにロックオン。もの言う瞳にもほどがある。
「……」
思わず、おいおい止めてくださいよって顔を歪めていると、李氏様は扇子の陰でこそこそと私に耳打ち。
「透明じゃなくなった」
あ”ー。男性経験人数のアラビア数字の色ね。
翌日、キラと兄がやってきた。
李氏様は高級宿まで迎えの馬車を出した。キラと兄は、姿を見られないよう、馬車で屋敷の中まで乗り入れてから下車するという隠密ぶり。屋敷の周りには、警備中の黄色い襷の人達がいる。
使用したのは翠蘭と私が暮らす別棟の一室。私も同席した。
キラは李氏様に危険を知らせた。
[私が聞いたときは、まだ列強諸国が攻めようかと考えている段階でした。決定したとしても、船の準備、航海には日にちがかかります。ですから央には準備期間があります]
李氏様はバイリンガル。話の所々で[ふむ][ふむ]と西の言葉で頷いていたからか、兄は通訳しなかった。国のあちこちで暴動が起こっている話のとき、地名を伝えたくらい。
西の国では、央の国の地名の呼び方が全く違う。西の国の商人が自分達の言葉で勝手につけた地名だから。「砂の街」とか「南への分岐点」とか。
[今まで大人しく、貿易していたのに、どうして植民地化しようと思ったのだろう。それだけ船で多くの兵士を運べるようになったということだろうか]
李氏様の疑問もごもっとも。




