一時安息李氏様邸
北へ。
隠し港からメインの道へ出るまでが分かりにくかった。後は、人が多くて荷馬車が1番多く走ってる道でたぶんOK。
下の下の下の檻は栄えている街の外れにある。宮廷近くは碁盤目状の道。その辺りまで行けば、宮廷が見えてた方角や、毎日荷馬車で運ばれてた景色で場所が分かる。
ん? これって。
「うちらのぉ米はうちらで食べよ
取られた米ならぁ取り返せ〜♪
増税官僚太ったンンン
うちらの米でいい暮らし〜♪
香香香香ンンン下の下の下〜♪」
ひぇ〜。街角で大道芸人が恐ろしい歌を熱唱してる。流石に歌詞の「皇帝」部分は「ンンン」ってなってるよ。すごい人だかり。傍に置かれてるお盆には投げ銭いっぱい。最後のフレーズは観客も一緒に合唱してエンドレスリピートんなってる。
盛り上がっている横をこそこそ通り過ぎた。
雲嵐を探すために地図がほしい。地図ってどこに売ってんだろ。書店? 分かんないよー。
李氏様の家は思ったよりも近かった。でもって、塀の周りに数人、見張りのように立ってる。兵士じゃない。普通の服装の人が黄色い襷を斜めに掛けて。
通りすがりの女性2人の会話が聞こえてきた。
「李氏様のお人柄よねぇ」
「外見もでしょ?」
「素晴らしい方のお屋敷はみんなで守らなきゃ」
「ついでに生李氏様に会えるかもだし、ね」
普通の人達が自主的に李氏様の家を警備してるっぽい。
ぐるっと1周。放火の痕跡なし。
!
中から箏の音が聴こえる。翠蘭が無事! よかった。
会いたいな。
李氏様も私もいない今、翠蘭は誰とも接することなく、ひっそりと暮らしてると思う。きっと李氏様のことを心配してる。翠蘭の生活は李氏様にかかってるんだから。
どうしよう。文でも投げ込もうか。でも、翠蘭以外に拾われたら捨てられるだけ。とりあえず一度街まで行って、紙と筆を買おうと踵を返したとき、
「皆さんお忙しいでしょう。私がいるので大丈夫ですよ。ありがとうございます」
背後で、御礼を言ってる李氏様の声が聞こえた。もう帰ったの? 早過ぎん?
さっと物陰に隠れる。しばらく隠れて人の足音が遠ざかるのを待っていると、後ろから肩を叩かれた。
「っ!」
いきなりでびっくり。李氏様だった。
「香香、無事か。今なら大丈夫。入れ」
促されて入るとき、李氏様は私を脇に抱いて自分の服で覆い隠す。家に仕える者達に私の顔が見られちゃマズいから。
下女が息を呑む。
「っ!」
「もう一人分、食事の用意を」
「わ、分かりました」
絶対勘違いしてる。新しい女連れてきたって思ったよね?
翠蘭と私の部屋がある別棟に連れて行かれた。
透けるような肌に涼やかな水色の服。以前と同じ穏やかな佇まい。可憐な天女は破顔した。
「すいら〜ん」
翠蘭の元気な姿を見たら涙出てきちゃったよ。結構大変だったんだ。頑張ったんだ。雲嵐とね、いいこといっぱいあったの。けど、辛いこともあったし、殺されるかと思って怖かったよ。
翠蘭は静かに私の頭を撫でてくれた。
なんだこれ? 翠蘭に抱きついて泣いていると、目の前の白い肌に赤い虫刺されのような痕が2つ。耳の下のちょい後ろと服でギリ隠れる襟のとこ。これ、キスマークじゃね?
いつもは髪を全て結い上げてる翠蘭が、髪を半分下ろして隠してる。
「貴族の家に火を放つ輩がいると聞いて、私だけ先に馬で帰ったんだ」
「そーだったんですね。いつ到着なさったのですか?」
「今朝」
へー。で、もうキスマークつけたんだ。
「相当かっ飛ばしたんですね」
「途中、役所や関で馬を変えた」
それ、職権濫用。
「じゃ、燈実様は後処理に大変ですね」
「若者2人で好きにして、ゆっくり帰ってくるように言ってある」
過酷な出張だったもんね。




