麗
「その声、ホントに」
兄だ。兄の俊熙がいる。
あんなにも帰ってきて欲しいと待ち望んでた人。
少し時間をかけて、キラが兄を連れてきてくれた。キラの腕に手を掛け、そっと一歩ずつ踏み出し桟橋を渡る兄。視覚に障碍を負っていた。戦争での負傷。右目は見えない。左目は視界に牛の模様のように見えない部分があるって。
「お兄ちゃん。お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん。どーして帰って来れなかったん?」
「死にかけた。1回、央の国帰ったとき、お前、いなくて。……声、元気そう」
「元気。めっちゃ。お兄ちゃんに会ったら、もっと元気んなった」
兄は4歳年上。私が9歳のときから、季節労働者のように度々戦争に参加した。思い返せば、そのころから死ぬほど飢えるのは減った。
私が13歳のとき、戦争から帰ってこなかった。
戦争で怪我をした兄は、キラの家庭教師に拾われた。その人は兄を知っていた。
野にそのままにされ、ハゲタカにでも食われる運命だった兄は、奇跡の生還を遂げた。
動けるようになっても視覚を失ったまま。帰国すると私の負担になるって考えた。でも私が元気なことを確かめたくて、央の国を訪れた。いなかった。それ、都で下の下の下やってた時だよ。
「大きくなったな。いい人がいるんだって? キラから聞いた」
「どーして知ってんの?!」
「ケツに花みたいな印があるなんて、お前だけじゃん。男が西の国にまで追いかけてきたって?」
やっぱ、キラは見てたんだ。雲嵐とガオが崖の上の城に来てたのを。
「今は、離れ離れだけど」
「会えるよ」
「ね、お兄ちゃん、また一緒に住もーよ」
「何言ってんの。お前はそいつと一緒んなれ」
「お兄ちゃんも」
「オレは今まで通り西の国で暮らす。通訳しててさ。央の国の言葉教えたり」
「先生してんの? すごーい」
「だから、オレのことは気にすんな。それより、香香なんだな。ヤバくね? 賞金首じゃん」
「ヤバいよ」
「名前変えれば?」
その手があったか。
「そーする」
もともと、名前なんてなかったもんね。どんな名前でもOK。
「そーしとけ」
「ね、お兄ちゃん」
「ん?」
「私、どーして名前なかったの?」
ずっと不思議だった。戦争孤児になったのは、兄が5歳、私が1歳のとき。1歳なら、名前があるはず。5歳なら知ってるはず。
「なんとなく」
あ、はぐらした。
私達が戦争孤児になったとき、西の国境では戦争をしていなかった。その年にあった央の国の戦争は、北の国との小競り合いだけ。死者はいない。
「お兄ちゃん、名前つけて」
「麗」
「いい名前だね。なんか、綺麗で高貴な感じ」
麗、爆誕。
わんこが亡くなったとき、木の下に埋めて泣いてたら拐われて都に運ばれたことを報告。兄は、そっと探すように手を伸ばして抱きしめてくれた。
「そばにいてやれなくて、ごめん」
お兄ちゃん、変わってない。小さなころ、自分の体だってまだ小さいのに、いっぱい抱っこしてくれた。ぎゅってしてくれた。
[お前ら、くっつきすぎ]
キラにべりべりと剥がされる。
[いーじゃん。兄妹なんだから]
[うっせー]
ところで。キラはどーしてここにいるわけ?
[また学校サボって遊んでるんだよね?]
これだから、いいとこのボンボンは。
[知らせに来たんだよ。列強諸国が狙ってるって]
[は?]
「海から」
[そ。お隣さんだからさ、知らせに来た。オレらが住む西の国よりもずっと西に、エグいくらい強い船造る国があるんだわ。そこって、いろんなとこへ船で乗りつけて、現地の人、奴隷にしちゃったりして貿易してガッツリ稼いでんの]
[へー。初めて聞いた]
[普通、知らないって。央の国って貿易制限してっじゃん?]
[らしーね]
[それやめさせて、植民地にしよーって思ってる]
[それって、戦争?]
[そう戦争]「戦」




