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同じ轍は踏まない

 李氏(りし)様の言葉の意味を理解するまでに3呼吸分の間を要した。


「差し出す」「守れなかった」「まだ子供」ーーー李氏様は男性の経験人数が分かるという異能。まさか、春玲(チュンリン)が? 



 李氏様の目は開いたドアから船室の中を彷徨う。



「あいつらが。(むご)いことを。……血の滲む黒」



 間髪入れずに否定した。



「違います! ここにそんなことをする人はいません」



 李氏様は複数形を遣った。「あいつ()」。



「違うのか?」


「本当にみんな、私達には紳士なんです」



 春玲にとって、この船は今までで1番いいところなんだから。

 李氏様は私の言葉を反芻する。「紳士」と。



「そうだな。香香(シャンシャン)は1のままだ」



 うっわ。めっちゃ恥ずい。マジでこの異能、いらねー。

 最後にこれだけは頼まなきゃ。



「あの、もし雲嵐に会ったら、私が都に向かっていることを伝えてください。お願いします」


「分かった」



 船室に戻ると、みんなは()()()について話していた。李氏様は下の下の下を設けることが非常に不本意だということもゲロっていった。人間に上下があるのはおかしい、環境の違いがあるだけだと。


 OUTな生業の船員達の身分はきっと低い。元囚人はいるかもしれないし、捕まってなくても、悪いことはしてる。私が知ってるだけでも人さらい、人身売買、港の違法使用、盗品の横流し。

 

 身分が高くて恵まれていたら、この船に乗らない。李氏様の言葉は、社会で虐げられる船員達の心に刺さっていた。



「身分なんてクソだ」


「そーだそーだ」



 むさ苦しい船員達の中で笑う春玲(チュンリン)。今が1番なら、それでいいよね。辛いことは忘れられなくても心の中で薄まる。


 帰らなかった兄、息をしなくなったわんこ。体が震え、慟哭した。普段の生活をするようになっても気づくと涙が出てた。今は静かに思い出す。




「香香」


「ん?」



 揺れる牢の中、春玲が嬉しそうに顔を綻ばせる。



「香香は平凡じゃないね」


「え?」


「李氏様ってゆー人、神様みたいだった。他のイケメン2人も軍の役人で。アタシ、あんな素敵な人ら初めて見たよ。香香の周りにはあーゆーのがいるんだね」


「ううん。あの3人だけ。聞いたじゃん。私は拐われたの。成り行き」


「ホントはいーとこのお嬢さんなんでしょ? だって、字ぃ読めるし計算できる」


「計算は、近所の寺の坊さんが教えてくれた。字はね、李氏様の屋敷にいるときに教えてもらったの。私、戦争孤児だよ」



 戦争孤児はごろごろいる。その中の1人ってだけ。平凡。



「そっかぁ。アタシは(かあ)ちゃんと暮らしてた。優しくて綺麗で男にモテて」


「いーじゃん」



 美少女春玲の母親だもんね。



「うん。母ちゃんのことは好きだったよ。だけど、母ちゃんが連れてくる男はクズばっか」


「そっか」


「口減しで売られたなんて言ったけど、アタシ、ホントは違うんだー。クズ男が母ちゃんを花街に売っちゃって。ってか、男が売るつもりだったのはアタシの方だったの。母ちゃんはアタシの代わり」


「……」


「母ちゃん、ちょっと考えるのは苦手でさ。自分がいなくなったらアタシがどーなるかまでは頭、回んなくって。結局アタシも売られた。あはは」


「辛かったね」



 春玲をぎゅっと抱きしめる。



「アタシ、母ちゃんそっくりでさ。だから、母ちゃんと同じんなるのかなって、すっごく怖かった。周りの子は、変な女の娘だから遊んじゃいけないって親に言われて。ぼっちで。ここで5人で喋って冗談言うの、楽しかった。誰もアタシのこと、変な目で見なくて。もう香香しかいないけど」


「そっか」


「今も楽しい。この船に乗ってるから、もう母ちゃんとは違うよね。クズ男に騙されないよね」


「そーだよ、春玲。平凡になりたいなら、そうなれるように考えよ? 私にできることはするよ?」



 逃亡の手伝いだってなんだって。 


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