船底まで落ちた星
悪天候に船が揺れる。
彩雅が去った後、船長は私の過去に触れるなと言い渡した。そして、夜、牢に鍵をかけらた。
「香香、お前さんはな、手が届かねぇ星から、手が届く勲章みてぇな存在んなった。鍵かけるのはお前さんの安全のためや」
「ありがとうございます」
「字ぃ書いて計算する女なんて、貴族ぐらいや。皇女の身代わりかて普通はせーへん。おやすみ」
「おやすみなさい」
船長は鍵の束を自分の腰のベルトに引っ掛けた。牢から遠ざかるチャリチャリという音がいつまでも耳に残った。
「香香」
春玲が寝返りをうつ。
「ん?」
「香香は怖い人じゃないよね?」
「うん。どこにでもいる平凡な人間だよ」
「平凡か。いい言葉」
「そ?」
「平凡になりたかったな」
「ここに来ちゃったから? 確かに平凡じゃないかも」
「ここ、いいとこ。アタシにとっては今までで1番」
「ふふふ。いいとこかも」
口減しのために親に売られた春玲。「今までで1番」という言葉は本心に聞こえた。
嵐が続き、川は増水していた。港とは言い難い丘の影に、船は隠れ潜む。数日間に及ぶ足止め。空を覆う黒い雲、叩きつける雨。
そんな日に来客があった。
「誰か。誰かいるか?」
最初は空耳だと思ったそうな。けれど声の主は船に乗り込み、船員がいる場所までやってきた。「香香はいるか?」と尋ねられ、取り次いだ船員は、船と私の身の安全を守るために「いない」と答えたらしい。
「イケメン役人。こんな雨ん中でもイケメン分ったし」
ん?
船員達はガテン系。イケメンジャッジは厳しい。顔が整っているだけだと「きれーな兄ちゃん」としか言わない。がっしりと男らしい体型で且つイケメンってこと。
「歳は?」
「若かった」
燈実様か御者!
私は追いかけようとドアを開けた。雨が船室に吹き込み、川の轟々という音が響く。1歩踏み出して派手に転んだ。足の錘、忘れてた。転んだまま叫ぶ。
「待ってぇ」
急いで起き上がる。と、私を追い越して船員の1人が雨の中へ走り出した。そして、さっきのイケメンを連れてきてくれた。
御者だった。纏った蓑は風雨で用をなさないほどボロボロ。下の役人の服がはっきりと見えた。
「香香」
そして私は、李氏様、燈実様と対面した。
御者は昨晩、女の補給した。その相手は語り部の彩雅だった。御者は、条約が書き換えられていたこと、外交大臣の秘書が自害したことをピロートークで聞かされ、広めて欲しいとまで言われた。関係者以外が知らない情報。しかも全く関係ない民間人。
どこで入手した情報なのかを彩雅に問い詰め、この船に辿り着いた。
女の補給って、大事なんだね。
「こんな天気の中ご足労いただき、ありがとうございます」
「雨が止んでからでは船が出てしまう。追手の見張りもこの嵐なら、ないだろう」
李氏様はまだ追手がいることを教えてくれた。
狭い船室、船員達は観客のように私達を囲む。
「元気でよかったよ、香香」
燈実様は私の身を案じてくれた。
船員達が紳士的で、都まで私を安全に運んでくれると伝えた。
「もうすぐここにも噂が届くだろう。米蔵を吹き飛ばした香香が下の下の下だったと。李家に傷がつくかもしれないが、香香の人生が大切だ。香香がそんな身分ではないことを公表することにした」
その言葉に船員達が驚く。李氏様はビジネス下の下の下について船員達に説明した。人さらいに都まで連れてこられ、人さらいが捕まって私が保護されたところから。一件落着。
これからも今まで通り、陸路と水路に分かれて進むことになった。
横殴りの雨の中、最後に船室を出たのは李氏様だった。李氏様は私に辛そうな目を向ける。
「香香、お前が差し出すとは思えん。守れなかったのか? まだ子供なのに」




