女囚人下の下の下
12歳の女の子を春玲という名前にしました。
語り部の内容では、央の国の皇女として調印したことになっていた。
「我らが香香は天に条約の筒を掲げた。それは神々しく太陽の光を反射し、その光はぶわーーーっと央の国全土に広がった。さあ、こっからが大変だ」
違わん?
米蔵の部分は、片方の鼻息でふんっと米蔵を吹き飛ばして、みんなが米を持ち帰ったことになってた。
その後、香香は橋へ行った。香香の輝く光を浴びた男達の心から怒りが消失。香香は法を司る政府の役人、李氏様に裁きを求めた。商人と地方役人は裁かれ、以後、農民達はお腹いっぱい食べられるようになった。
「めでたしめでたし」
ぺぺんぺんぺんと扇子で船のマストを叩いて終了。
「あのぉ、ちょっと違ってるんですけど」
私の言葉に、語り部はケタケタと笑う。
「いーんだよ。みんな、小気味いい話が聞きたいだけだから。じゃなきゃ金払ってくんない」
「橋へは行ってません。それに、調印は2回あって、1回目は本当に皇女の身代わりだったけど、2回目は立ち会っただけで」
「いーのいーの。シンプルが1番。米蔵の話と橋の話はさ、結構詳しく聞いたんだよ。あの村まで行って」
「じゃ、丸太抱えただけってことは?」
「聞いた。それじゃ地味」
「ええーっ。なんで橋まで行ったことんなってるんですか?」
ちょっと抗議。
「これは香香の話なわけ。でもって、女が米蔵、男が橋だったっしょ? どっちも解決した。どっちも香香にした方が楽しいじゃん」
なんていい加減な。
「でも李氏様は出したんですね?」
「みんなが李氏様李氏様って神のように崇めてたから」
へー。
「お願いがあるんですけど」
私は、和平条約が書き換えられていたこと、そのことを遺書に記して秘書が自害したことを伝えた。これも広めて欲しいと。
「うーん。語り部ではムリ。客来ない」
「そーなんですね」
がっかり。
「ウケない。銀も銅も国境も、直で庶民の生活に響かないから。でもま、儲けさせてもらってるしさ、やってはみるよ。貴族に関係のあるヤツとか金の臭いが好きそうなヤツの耳に入れりゃいいんだろ?」
それってどんな? お任せ。
「な、下の下の下って」
「下の下の下って、都の?」
「女の囚人だろ?」
語り部と話していると、船に戻ってきた船員同士の会話が聞こえてくる。「下の下の下」その響きに自分の耳は敏感に反応した。1人の船員の足音が近づいてくる。その音はすぐ横で止まった。
「香香、下の下の下だったんか?」
「……はい」
下の下の下を引き受けるとき、理解していなかった。世の中の身分の上下は歴然で、最も蔑まれる存在がどれほど惨めなのか。
「何やらかした。下の下の下なんて、盗人とか人殺しとかなんだろ? それとも姦通か? 女のくせにオレらと同類か?」
ザクッと心臓を抉られた。上唇が震え手が冷たくなる。船員達の視線は氷の刃。この目を知ってる。侮蔑。喉が狭くなるような圧迫感に息が止まる。
「うっせーんだよっ。だったらなんなんだよ!」
啖呵を切ったのは語り部だった。立ち上がり、華奢な腕で私の横にいた男の胸ぐらを掴む。
「理由があるに決まってっだろ。囚人ってったって、身分とか金持ちかどうかとか女か男かってことで決まる罪もあるんだよ。そーゆー力で米奪われたって分かんねーの? そーゆー米を取り返したんだよ、香香は」
語り部は鼻を真っ赤にして目に涙を溜めている。船員達は押し黙った。
この人は辛かったんだ。綺麗に産まれただけで、強姦されそうになり相手を刺した。囚人として牢獄に送られ、家族は離散。体を犠牲にして世間に返った。
再び名を訊いた。新しい名を。
「彩雅 」
桃色の袖を振る語り部の姿が小さくなるまで見送った。ぴったりの名前。
彩雅も私も、もう、親兄弟に会えない。翠蘭も。たぶん、春玲も。




