さようなら、雲嵐
何かが前髪を掠めた。
トスッ
矢。すぐ横にあった車輪に刺さった。
驚いた馬がヒヒーンと後ろ足で立ち上がる。咄嗟に荷馬車の下に潜った。
トスッ
今度は目の前。地面。飛んできた方向はさっきと同じ。荷馬車の下から反対側に出て走った。そこには胸まで草が生い茂る。走れ。走れ。
旅人や行商が通る道があるだけの場所。川、草っ原、道、岩場、その向こうは雲嵐がいる山。
道を渡ろうとしたとき荷馬車が通りかかる。飛び乗った。
幾つもの箱の間に潜む。身を伏せて川の方を見ると、知らない男が洗濯物を掴んで荷馬車を蹴飛ばしていた。
雲嵐。
山に向かって祈る。
白髪の御者はうつらうつら眠りながら手綱を握っている。しばらく乗ったら降りて戻ろう。
と思ったもの束の間、蹄の音が近づく。
パカラッパカラッ
さっきの男!
気づかないで!
パカラッパカラッ
パカラッパカラッ
通り過ぎた。
胸を撫で下ろしていると、人々のざわめきが聞こえ、荷馬車のスピードが上がる。下り坂。降りなきゃ。これ以上速くなったら、飛び降りたときに怪我をする。活気ある声がだんだん大きくなる。早く降りなきゃ。
立ち上がった。
! いた。
斜め前方に男。周りには人々が行き交う。
げっ。こっち見た。
ぴょん
地面が安全かどうかなんて余裕なし。荷馬車のスピードは上がるばかりで。ってことで、私が飛んだ先は別の荷馬車。どーゆーこと!? しかも、落ちたら柔らかい。
「「「「きゃー」」」」
女の悲鳴が上がる。柔らかかったのは女達の上だったから。女達の手には縄、足には錘。
「ごめんなさいっ」
揺れる女達の上で起きあがろうとしていると荷馬車が止まった。そこは船の前で、船へは板がかかっている。髭面の男が女達に荷馬車から降りるよう指示を出す。
「何かあったか?」
先ほどの悲鳴のことだろう。
女達は体で私を隠してくれている。
「いえ」
1番近くにいた女が答え、私に顎をくいっとやって「どっか行け」と示す。行きたいよ。逃げたいんだけどね。人だらけじゃん。船に積荷を運ぶ人々が行き来する。さっきの男もすぐ側で私を探してる。
手に縄、足に錘の女達は1列に並んで板を渡る。
今のうち。そーっと荷馬車から降り、、、
「なんだ? お前」
「あ、いえ、ちょっと間違えて……」
捕まっちゃった。
「お前も一緒に連れてってやるよ」
そして乗船。
「この人さらいっ。誰かー! 役人に知らせてー!」
「うっせー女だな」
人さらいは顔を顰めながら耳くそをほじる。
女達と一緒に私は船底の牢に入れられた。女達の一人が警告した。
「あのさ、ここらにいるのはみんな同類。助けなんて来ないよ。大人しくしてた方がいい」
「……」
船はあっという間に離岸。
雲嵐。ガオ。
いくらガオでも船に乗ったら、私の匂いを追って来られない。
なんで私ってバレた? 洗濯物を干していたところに矢が飛んできた。私が一人のときを狙った? 違う。李氏様一行をつけてたんだ。李氏様と燈実様が私と喋った。16、7歳の旅をしている長身の女。それを見た追手に特定された。
私の命を狙ったのは、きっと外交の大臣の手の者。軍の服じゃなかった。
船に乗ってみたかった。こんな形で実現するなんて。
こんなことになってしまったけど、一緒に旅を続ければ、雲嵐まで危険に晒される。これでよかったのかもしれない。
「ねぇ、名前は?」
「香香」
囚われの女達4人は、私の名前を知ってた。
西の国との戦争を終わらせ、米蔵を小指で持ち上げて不正で取られた米を取り返し、橋を占拠していた男達を説得して跪かせた、6尺(180センチ程)の筋骨隆々、怪力の麗人ってことになってた。更には「香香がいたら役人から匿おう」と、人々の間で囁かれていた。
「「「「あはははは」」」」
「噂とちがーう」




