老老不死の桃源郷
「私達は、ここが不老長寿の桃源郷と聞いて参りました」
李氏様は牛歩爺に花のような笑顔を向ける。
「不老長寿の桃源郷ねぇ。そりゃ医者にかかる金がタダやから。国から長生き金が出るしなぁ。はっはっは」
「長生き金?」
初耳。私は首を傾げる。他のみんなは知ってた。
「60歳を過ぎると、国から長生き金が出る。もう働けないから。月々なんとか食べられる分が。今までご苦労様でしたってこと」
燈実様が教えてくれた。さらに李氏様が補足する。
「国に大きな決まりごとはあるが、細かいことはそれぞれの地域に任されいてな、ここでは医者にかかるのも薬をもらうのも60歳以上は金が要らない」
へー。
燈実様は牛歩爺のしわくちゃの手を取って感激する。
「本当に素晴らしい制度です。年長者を敬う地域だからこそ、長生きなさるのですね」
不老長寿の桃源郷について美しくまとまると、牛歩爺は異論を唱えた。
「死にたがっとる年寄りはいっぱいおる。でもな、家族が死なせてくれん。生きとれば長生き金が入る」
家族。
「若い人もいるんですね?」
雲嵐は訊いた。田畑が荒れていたから、耕すべき人間がいることを確認したんだと思う。
「あんたらみたいに若いのはおらん。長生きの親を介護しとる者もジジイとババアや。ワシの母親も去年まで家の奥で息しとった。死にたがっとったんや。でもなぁ、饅頭買ってくれる人はおらんし、税は払わなならん」
「そんな……」
燈実様が何かを言いかけてやめた。
「食べることできんのに、薬どころやない。でもな、治療せんのは殺人やって医者は言う。タダやから治療せぇってな。他にもいい薬を医者が薬屋に知らせる。そうすっと薬屋が薬を持ってくる。医者と薬屋が儲かる。その金は役人に流れとる」
とすると、60歳以上の老人がいる家は、それだけで収入が多いことになる。そんな旨い話なのに田畑は荒れ放題でジジイとババアばかりって。
「どーして、私達くらいの人はいないんですか?」
年長者を大切にする桃源郷なのに。医者と薬屋と役人が腹黒いって理由では説明がつかない。
「税や。この地域だけの特別医薬税があるんや。どんどん高くなる。医者と薬屋が儲ける分だけ高くなるわな。若い夫婦が逃げたのが最初やった。その家は年寄りがおらんかったから、国からの長生き金がなかったんや。どんどん逃げ始めた」
「だから田畑を耕す人がいなくなったんですね」
そう言うと、牛歩爺は「そーやそーや」と歯の抜けた口で笑った。笑うの? 結構悲壮感漂う話の気がする。
「はっはっは。役人はな、残っとる者で田畑耕して税払えってゆーんや。最初はゆーこと聞いとった。でもな、税が増えて、どんどん人が逃げて。オレの母親は『土地とワシらを捨てるんか』って息子ら家族に怒鳴っとった。でもオレは『逃げろ』って言ったんや」
「すいませーん」
そこへ客がやってきた。50歳くらいに見える。
「おお。どーした」
「葬式饅頭頼むわ、おっちゃん」
「そうか。……ご愁傷様です。やっと治療やめたんやな。辛かったな。葬式はいつや」
「明後日」
「お前はこれからどーするんや」
「街ぃ出て仕事探すわ」
「寂しぃなるな」
「なぁおっちゃん。オレな、なんで早う楽にしてやらんかったんやろな。『死なせて』ってゆーとったのに。痛い辛いって呻いとった。親、あんな苦しませて、オレは酷い息子や。1日でも長生きさせてくれって医者に頼んで」
男はおいおいと泣いた。
「そりゃなぁ、1日でも一緒にいたかったんや」
「オレ、最期にすごい親不孝やった」
「そんなことないそんなことない。小さいころからお前を知っとる。お前は親思いの優しいええ子や。何年間もずーっと、よう介護頑張った。これからはお前の人生を生きぃ」
「おっちゃん、オレな、自分は楽に死にたいわ」
「そんな桃源郷……あったらええなぁ」




