キス
1ヶ月以上、何もすることがなかった。
キラは私に姿を見せなくなり、私の身の回りのことを侍女がしてくれるようになった。食事を運んだり、着替えを用意したり。
けれど、話し相手にはなってくれない。事務的に業務を熟すだけ。
つまんない。
あんなことがあったから、当たり前なんだけどさ。
[キラは、どうしたのですか?]
侍女に尋ねた。
[学業に戻られました]
へー。ホントに学生だったんだ。
[キラって、どうして、外交の大臣が入れないこの屋敷に入れるのですか?]
[キラ様のお母様は、亡き王子の乳母でした。なので皇后様は生まれたときからキラ様をご存じです。そして、皇后様がこの屋敷に移ることに大きく貢献なさいました]
[そうだったのですね。有力者の息子と聞いていました。お母様が乳母をなさったのですね]
[この国では、乳母は高貴な者しかできません。キラ様は16年前にチスタンという国を滅ぼし、その広大な領地を治めている一族です]
[チスタン?]
[ええ。とてもユニークな国だったのですよ。昔は国王がいたのに、王が退位して、民が国を治めていました。とても豊かで栄えていたと語り伝えられています]
[あ。その国の話、キラから聞いたことがあります]
[キラ様は政治学を専攻なさっているので]
[16年前だったら、まだ、前の国を知っている人達が、そこに暮らしていますものね]
戦争で統治者が変わっても、その地に暮らす人々は変わらない。ユニークな政治の生きた証人がいる。
私の言葉に、侍女は首を横に振った。
[いいえ。ほとんどの民はちりじりに逃げました。おそらく央の国へ。見た目が私達とは違うのです。香香様のような肌の色、顔立ち、黒髪に黒い瞳でした。女性は私達のように布で隠したりせず、さまざまな仕事をしていたそうです]
[そうだったのですね]
ふふふふ、と侍女が笑う。
[キラ様は、チスタンの欠片を拾い集めていらっしゃいます。とても興味がおありのようで、捕虜の中にいた元チスタンの国の人を自分の屋敷に住まわせているのですよ」
さっすが金持ちの道楽息子。
アオーン アオーン
アオーン アオーン
夜、狼2頭の遠吠えが聞こえた。
自分も遠吠えで答えたくなる。
雲嵐とガオが2度、会いに来てくれた。危険すぎる。
それは広い空一面に星が散らばる夜。
「危ないよ、雲嵐」
雲嵐にもしものことがあったら。自分はどうなっちゃうんだろ。
きっと、景色が色褪せて、全部どうでもよくなって、生きる意味をなくす。
「心配させてごめん。だけど、会いたくて。どうしても会いたくて。自分がバカなことしてるって分かってる。見つかったら殺されるのに。それでも」
手を伸ばし、雲嵐の頬に触れる。こんなにやつれて。
謝るのは私の方。
「私こそ。ごめんなさい」
心臓が絞られるように痛くて、喉の奥が熱くて、こんなに雲嵐の近くにいるのに、もっと近づきたい。雲嵐の人差し指と中指がそっと私の唇に触れる。燃えるような息だった。呑み込まれたい。どうしていいか分からなくて涙が込み上げる。
優しいキス。
嬉しいはずなのになぜか涙が溢れてくる。
離れ難い。
きゅうきゅうと心臓が痛い。
好きって、辛いね。
調印に関しては、西の国の皇后から直々に説明を受けた。
日時、場所、手順、調印後。
今回、私は立ち会うだけ。
調印後は第七皇女と一緒に央の国へ帰る。
質問。
[条約を入れ替えた黒幕は誰だったのですか?]
外交の大臣が怪しい。だってさ、西の国と交渉して「銀」って決めたの外交の大臣じゃん。
[外交を司る大臣の秘書だったそうです。外交大臣から皇帝への文や情報を変えていた。それらを遺書にしたため、自害していたと報告がありました]
最深部の漆黒の闇。




