少し下、ずっと下
「オケ。書いた! 香香、文渡してきて。頼む。こーゆーのって、自分で行くもんじゃねーじゃん」
「了解です」
「うまくいったら、今夜。いや、ちょっと、それは早過ぎだよな。焦るな、オレ。ちゃんとしよう、ちゃんと」
燈実様は独り言がダダ漏れ。下心バリバリ。畏れ多くて聞いてるこっちがビビるし。
文を持ってメイン通りを歩いていると、急に腕を引っ張られた。次の瞬間には、薄暗い建物と建物の隙間で口を塞がれていた。喉元には小刀。相手は後ろ。見えなくても手で分かる。女。私より少し背が低く、手は下から回されている。
よーし、こんなときこそ護身術。食らえ、エルボー。
ぱいーん!
胸に弾かれて反撃できないっ。なんて豊満な。鳩尾どこいった?
口を塞いでいた手に思いっきり噛みついた。
「痛っ」
驚く相手の小刀を払ったけれど、噛みついた手に頬を掴まれた。うっ。指がめりめりと頬と顎に食い込む。
「魅音、ストップ」
正面に現れた人は、頭から葡萄茶色のマントをすっぽり被っている。その声は紛れもなくサンザシ飴の女の子。私の頬を掴んでいた物騒な怪力女を魅音と呼んだ。
「逆らわないなら放す」
背後から怪力女に言われた私は、顔を掴まれたままくいくいっと頷いた。
「香香。手荒なことをしてごめんなさい。話してみたかっただけなのです」
マントの中から謝罪の言葉。そして、魅音と呼ばれたのは侍女だった。
話、ですか。
もちろん、断ることなんてできませんって。
路地裏のような隙間を通り抜け、少し広い場所に行く。目の前に広がるのは土と雑草の田畑。畑の端に菜の花が黄色い蕾を膨らませている。
菜の花。17歳になったんだ。私は菜の花の季節に生まれたと兄から聞いている。誕生日は分からない。分かったところで祝う人もなし。いつか愛する誰かと誕生日を祝うなんて夢のまた夢。
田植えの時に休むような田畑への傾斜、そんな場所にマント姿の女の子は躊躇なく腰を下ろした。私も並んで腰を下ろす。
「私の正体に気づいてますね?」
「第七皇女瑞華 様……?」
「ええ。あの者が魅音」
瑞華様は少し離れた場所に立つ魅音に向けて、掌を上に向ける。
「あの。私、文を届けに行く途中だったのです。まず、お渡ししてよろしいでしょうか」
私は燈実様から預かった文を瑞華様に差し出した。文にははっきりと「魅音様へ」と書かれている。しょーがないよね。燈実様は瑞華様の名前を「魅音」だと思ってるから。
瑞華様は受け取った文を広げてにこにこしながら読んでいる。かわいー。燈実様に見せてあげたい。
「文をありがとう。でも、燈実様には応えることができません」
「当然です!」
皇女なのだから。
「私は香香の方がタイプなの」
え?
キョトンとしている私に、侍女が宣った。
「瑞華様は男性より女性の方が好きなのです。将来、高確率で他国の後宮に入ることになるので、女だらけの世界で楽しめるよう趣旨替えなさったのです」
ひぇ〜。思わずあぜ道にひれ伏した。
「滅相もございません。瑞華様も私の正体にお気づきでしょう。私など卑しい身」
「そんなのどーでもいい。この国では、私より上の女性は母である皇后しかいません。あとはぜーんぶ下。少し下とかずっと下とか些細なことです」
皇太后亡き今、皇后が1番。生まれた順序に関わらず、皇后から生まれた皇女は、他の妃から生まれた皇女よりも身分が上。ついでに妃よりも上。
「はあ。そう言われましても」
「ふふふふふ。大丈夫。何もしないから。こっちに座って」
「はい」
おずおずと瑞華様の隣に戻る。
「同じ年の普通の女の子と話してみたかったのです」
「普通ですか?」
下の下の下なのに。
「私に媚びたり、父に色目使ったりしない子。私、後宮しか知らないので。ね、香香は何かしたいことある?」
いきなりの死亡フラグ。
事が終わったら殺されると知っているから、哀れな私の願いを叶えようとしている?




