六零八
寺の修行の場はやっぱり女人禁制で、私は部屋で待ち、李氏様と燈実様が参拝に行った。暇。
高価なお菓子を頬張りながら、壁の桃色に近い赤の梅を眺める。その色の艶やかさから連想するのは濃い化粧をした女の唇。
さっきの香炉は、さっそく飾り棚に置かれてる。高そ。何気なく、てっぺんの金色の獅子を袖越しに掴み、香炉の蓋を開けてみた。人間って、山がれば登るし、蓋があれば開けるもの。
あれ?
香炉の中には巾着袋があった。忘れ物?
中身を見たら、艶々と黒く塗られた大きな長方形の札が2枚出てきた。紐を通せるように上に穴が空いてる。
1枚の札の片側の面には「華港使用許可証」、片側には「六零八」と縦書き。
六
零
八
形、なんだか帽子を被った人みたい。
もう1枚の札の片側には「河港使用許可証」、反対側に「一二
」か「三」か分かんない。
札は未使用でピカピカ。彫られた文字に入っている白い塗料は純白のまま。
華港といえば、外国との貿易をしている央の国1番の海の港。
大事なものっぽい。そーっと戻した。
香炉の中に札が入ってることは手紙に書いてあると思う。住職は手紙を読まずに、李氏様と燈実様を連れて参拝に行っちゃった。だから、香炉の中身をまだ知らないのかも。
どこまで参拝に行ってるんだろ。この部屋、派手っちくて落ち着かない。馬と遊ぼ。
お茶のおかわりを持ってきてくれた僧に言伝して、馬車の場所を教えてもらった。
馬は水を飲んでた。そばの木陰では御者が昼寝。
馬を撫で頬擦りして遊んでいると、御者が起きた。寝起きすらイケメン。髪の乱れがセクシー。
「起こしてしまってごめんなさい」
「ぜんぜん。寝たふりしてただけ。どした? 香香」
「女人禁制だったから。交代して私が馬を見ればよかったですね」
「んー。オレ、葬式以外は無宗教だし。香香が来てくれてよかった」
「?」
「スカウトされまくり」
「スカウト?」
お寺なのに? 馬車の御者としてってこと?
「坊さんやらねーかって」
「え? スカウト制だったんですか?」
知らなかった。
「ちげー。つまり出家しろってこと」
「ええ?」
「3人に声かけられた。No. 1も夢じゃないって」
「それって、このお寺のトップってことですか?」
「変だろ? こんな名のある大きな寺の住職は、高位貴族の出家先。今の住職だって貴族、元エリート官僚」
「そーなんですね」
「ここ、なんかやってっぞ」
「なんかって?」
「儲かるって言われたし。オレ、肉も酒も女も好きなんでって断ったわ。使えねー金なんて死に金じゃん」
正直者。
「ですね」
「したら、女は外に囲えばいいってさ。肉も酒もそこで味わえって」
「おおっ」
背徳。
「酒肉和尚どころじゃねーじゃん。女まで。しかも儲かるってことは金もってこと」
「このお寺、お金持ちっぽいですよね。通された部屋、豪華でした」
胸焼けするくらい。
「寺って特権階級だもんな」
「ありがたいものですもんね」
「香香いー子」
「あ、バカにされた」
「素直ってこと。寺って無税なんだよ。その辺の商売人よりよっぽどお布施で儲けてるのに。上の方は、寄進された土地に女や男囲ってんだってさ」
「No.1ってなんなんでしょうね」
フリとはいえ、今は役人ではなく御者。御者は平民の仕事。貴族しか住職になれないなら、No. 1ってナニ。
李氏様と燈実様が戻ってきた。李氏様は眉間に皺を寄せ、馬車の中に手に持っていたものを投げ込んだ。
「早く出せ」
いつもは穏やかな李氏様が苛立ってる。急いで馬車に乗って投げ込まれた物を見ると、それは扇子だった。閉じられた扇子は真っ二つに折れてた。だから怒ってる?
馬車は直ちに寺の大きな門扉を走り抜けた。




