白玉団子妖怪湯圓
「偽物であっても調印すればいい。香香とやら。あちらの国の皇后の顔が分からないのと同じでな、こちらの皇女の顔を知る西の国の者などおらん。バレることはない。バレたときは、また戦争が始まるだけだ」
だけってなんだよ。殺し合いなのに。文官のお前は戦争に行かないだろ。
悔しさに拳を握る。
殺し合う兵士はほとんどが農民。農民は税と同時に兵役が課せられる。裕福で金を払えれば兵役は免除。金を払えない貧しい者が兵役に就く。私の兄のように志願兵になるのは食べることに困らないから。給金が貰えるから。それに命を捧げる気持ち、分かんのかよ。
ぎりぎりと歯を食いしばり、怒りに支配されていると、ぱんっと手を合わせる音がした。
はっとして音源を見れば、それは李氏様で。李氏様は苦肉の策を提案した。
「では、私と燈実も同行します」
すぐさま大臣は李氏様の手を両手で握る。李氏様が顔を歪めながら、握られた手をなんとか引っ込めようとする。
「君にそんな危険な任務をさせるわけにはいかん」
「名目上は地方支部の視察ということで。この機会に、都以外の状況も見て参ります。西の国の言葉なら少しは分かりますし。お役に立てるかと」
ちほーしぶ? 李氏様ってどんな仕事してるんだろ。文官ってのしか知らない。
「困った。君のお父上になんと申し開きすればいいのか」
李氏様の手を握りしめたまま、大臣は腰を曲げ、顔に皺を寄せて弱りきっている。どうも、李氏様の父親は大臣がご機嫌伺いをするほどの権力者らしい。
「大丈夫です。私が話します。それに、燈実がいれば大丈夫ですから」
そう李氏様に言われても、何やらぐだぐだと言い訳をし、「お父上によろしく」と大臣は去っていった。
大臣がいなくなると、李氏様は文机の隅にあった紙で手を拭いた。大臣に、にぎにぎされてたもんね。
「香香」
燈実様は私の両手首を掴み、掌を上に向かせた。くっきりと爪の痕。私のそれを見た燈実様は、困ったような泣きたいような顔をした。
戦争孤児で貧しかった。環境を考えれば正しく生きてきた方だと思う。飢えても畑泥棒をしなかった。旅人の金銭を両替するとき、相手の足元を見てふっかけたけど、詐欺はしていない。
兄の背中を見て育ったから。兄は正しい人だった。
今までの信念がひっくり返る悪事だと思う。
人を騙し、国を欺く。
「さて、どうしたものか。とりあえず、立ち振る舞いだな」
李氏様が指で机をトントンしながら独り言。
翌日から、私はしばらく下の下の下の仕事を休むことになった。
霙まじりの雨が積もる雪を溶かし、魑魅魍魎が跋扈する。そんな風情が似合う妖婆は小さくて丸い。背は私の肩まで。丸顔、転がりそうな丸い体。手もぽってりと丸い。まるで白玉団子のデザート、湯圓。品よく話し、物腰柔らか。
一体どういう基準で選ばれたのか。下の下の下につく仕事なんてきっと誰もやりたがらない。押し付けられたんだろう。可哀想に。老い先短いのに。と思ったら、殺しても死なないババアだった。
「ゆっくりと。もっと。もう少し。背筋を伸ばしてください。アゴを引いて」
姿勢、歩き方、箸の上げ下げ、言葉遣い。あらゆることにダメ出しされる。
淑女がこんなにも大変だったなんて。16年間刷り込まれてきた所作が簡単に治るわけないじゃん。貴族の姫君に比べて、動作が早く雑で落ち着きがない。と言うようなことを遠回しにやんわりと注意された。
1日目夕方、やっと授業が終了。へとへと。飯だ飯!
「本日は一日、ありがとうございました!」
お礼を述べると、湯圓ババアから悲しいお知らせがあった。
「しばらく共に生活いたします」
ふざけるな。
「……」
「いけませんよ。顔に出てしまっています。うふふふふふ」




