THE得力灰色狼
「すみません、雲嵐が」
李氏様に話す。
「大丈夫だ。そんなに震えるな。鼻水を拭け」
言われて初めて、自分が酷い顔してるって気づいた。
服の袖で鼻水を拭こうとすると、李氏様から書き損じの紙を渡された。
「ありがとうございます」
「墨がついてないところで」
「はい」
ふきふき
「すぐに雲嵐の家に行ってみなさい。燈実に馬を借りよう。こっちだ」
2人で軍部を訪れると、燈実様と御者が、志願兵達に大砲の使い方を説明していた。
李氏様の手招きで、燈実様が走って来た。
「お疲れ様です」
「燈実、馬を貸してやってくれ」
燈実様の馬は、大柄で艶々した茶色。筋肉ボディから一目でいい馬と分かる。こんな高価な馬、借りにくいんだけど。さすが名家のぼんぼん。
「いえ、ちょっと、この子は立派すぎて」
遠慮する私に、燈実様は爽やかな笑顔を見せた。
「返すのはいつでもいいし。面倒だったら適当に放しといて。勝手に家に帰ってくっから大丈夫」
私にとっては高価な馬でも、燈実様にとっては単に馬。
お言葉に甘えさせていただきまっす。
軍部を出て李氏様と別れ、雲嵐の家に向かおうと広場を通る。と、少し離れた場所がざわざわと騒がしい。「危ない」「逃げろ」「走らずに」と声が聞こえてくる。何事? そちらを見ていると、猛禽類女子が早足で歩いてきた。
「あっち行っちゃダメ。狼」
と通りすがりに教えてくれた。
狼? まさか。
馬に乗って高いところから見てみた。思ったとおり。ガオ。ガオは地面をくんくんしてる。当然のことだけど、人々がガオを避けて逃げている。
「ガオ」
駆けて行って呼ぶと、ガオが馬から降りた私をじっと見つめる。いつもだったらジャレついてくるのに、それをしない。再び地面に鼻をつけ、くんくんし始めた。
「どした?」
くんくんしながら進むガオ。ときどき、何かを訴えるように私を見上げる。
「ひょっとして、雲嵐?」
「雲嵐」と発音したとき、ガオは動きを止めて、肯定するかのように私と視線を合わせる。
馬を引きながらガオを追う。広場から繋がる道へ出た。更に街を抜け、北への街道に入った。
雲嵐がこの道を通ったんだね。
はっきりと1本道になると、ガオはとっとっとっとっと走り出した。急いで馬に跨る。
「ガオ、天才」
時折立ち止まって、匂いを確認するガオ。
小さな集落を2つ過ぎたころ、ガオが全力疾走。追っていると分かっている馬も速度を上げた。
前方に3頭の馬と人が見えた。雲嵐!
ガオが興奮して3頭の馬を驚かせてる。
「おいおい、ガオ! ストーップ」
雲嵐が馬から降りたとき、私は自分の馬を止めた。無事だと分かると鼻の奥が痛くなった。体の力が抜けて、馬の首にでれんともたれる。鬣に顔を擽られながら目をぎゅっと閉じて噛み締める。生きてた。
雲嵐と一緒にいた人が、私に気づいた。
「知り合い?」
「女?」
「あ」
事情を聞く前に紹介された。妻になる人だと。
妻。うっわ。響き、ヤバい。
2人は、先の外国船との戦で意気投合した友達。馬から降りて、しっかりご挨拶しました。泣き顔になっちゃったけど。
香香なのか麗なのか、雲嵐はどっちの名前を言うのかなって考えてたら、どっちもナシ。なんかいーな。私がどこの誰なんて気にしてなくて、雲嵐の妻になる人ってだけで受け入れてもらえる。
友達2人は、しばらく話しながら馬で歩き、「オレら、先行くわ」と去った。
「香香、ごめん。心配した?」
「うん」
雲嵐も、こーゆー気持ちだったのかな。
「ホントごめん」
「寺へ助けに行ったの?」
「助けたかったけど、逃すのでいっぱいいっぱいだった」
「逃したんだ」
都の軍上層部は、北西部軍が飢えて降参するのを待つと決めた。それが最善策なのは雲嵐にも分かってた。




