そーゆー人だから
「そうだな。皇帝だったから言えなかった。誰よりも陳氏を頼りになさっていた。弟達よりも。皇后や妃達よりも」
弟達なんて頼りにできるわけないじゃん。政権争いの相手。
皇后や妃達とは政治的な利害関係で結ばれてる。それに、彼女達は実家第一。後宮で情報を仕入れてせっせと文に認めて実家に送る。皇帝との夜伽と男の子を産むことが使命。
……。皇帝って心を許せる人、いなかったんだ。
民衆が松明を持って広場一面を覆い尽くしたとき、宮廷を囲む高い塀の上で、皇帝は叫んだ。
『陳を呼べ。陳はどこだ。こんな一大事になぜ朕のところへ来ない!』
窮地に傍にいて欲しい人、皇帝にとってそれは、家族ではなく、陳氏だった。
最期は息子と孫を連れて逃げた。妃は殺した。優先しなければならないことは家系。そう考えると、皇帝って悲しい存在に思える。世継ぎを残すことが存在意義。
想像した。夜、ひっそりとした青い闇に佇む凡庸な背中。誰もいない後宮の片隅の廃墟で、たった一人、人知れず、秘密の抜け穴を確認する。その哀れさに鳥肌が立つ。
「民の代表が、陳氏に『戦費ください』って直訴するとか」
我ながら名案。陳氏が財産と認めた民が言ったら、従うかもしんないじゃん?
「しかし、戦費について考えているのは、民ではなく軍部。う〜ん」
「なかなか難しい問題なんですね」
話は暗礁に乗り上げる。
雲嵐がいない。
長引く戦に召集されたのだとばかり思ってた。
「よ、麗」
李氏様の仕事をしていたとき、官庁で御者に会った。ツルツルじゃなくなってる。
「お疲れ様です」
「李氏様んとこ手伝ってるんだって?」
「居候ですし、楽しいですから」
今まで見たこともなかった世界を覗くのは楽しい。
西の国境や怪しい船で運ばれているとき、周りにいたのはイカつい系の強面が多かった。官庁は別世界。言葉遣いが違う。所作も。周りの人の顔つき、体格、服、雰囲気。もちろん仕事内容が1番違う。
「頑張ってっじゃん」
「はい。今、戦はどうなってるんですか?」
「待機中。北西部軍は寺に籠ったきり。北西部軍の後発隊はバラバラ。着いた部隊がいても、兵糧は歩兵に持ってかれてるし。北部からの兵糧と兵は、たぶん、まだ寺へ着いてない」
北西部軍の後発隊は、寺から逃げた先発隊の歩兵と出会した。街道、1本しかないもんね。
先発隊の歩兵は後発隊の一部の歩兵を説得した。要するに、「一緒に帰ろ」っと提案。かなりの数が減った。武将の中には、歩兵達にやられた者あり。軍の数は半分程に縮小。
問題なのは、兵糧は歩兵が運んでいるということ。当然、帰路を選択した歩兵達は兵糧を持ち帰る。軍が縮小した後、兵糧が減ったことを察した多くの歩兵は、逃げた。もちろん、残りの兵糧を持って。後に転がっていたのは、歩兵が持たされていた、武将達の鎧や盾。
重い大砲はそのままだったが、銃などの金目の武器は持ち去られた。
800と見積もられた兵力は、現在300以下。
「そーなんですね」
「雲嵐に会った?」
「え? 最初に北西部軍と戦った日に会いました。北西部軍が寺にいることを、雲嵐が知らせに来て」
「いねーんだわ」
「いない?」
「外国船との戦の給金渡すとき、来てなかった。雲嵐と他2名。戦の訓練でも見かけない。それは自由参加だけどさ」
「ええ?」
給金を? 雲嵐がそんな大事なこと忘れるはずがない。馬牧場を始めるお金なんだから。
「麗も知らないのか。同じ隊だったヤツに訊いたんだよ。したら、寺行ったかもって」
「寺って」
「北西部軍が立て籠ってっとこ。雲嵐、その寺の僧に世話んなったんだって?」
「はい」
周辺のことをいろいろ教えてもらって、泊めてもらうことになったって言ってた。
「助けに行ったかもって。隊のヤツらが行こうとしたから止めたし。『外国船のときみたいに、頼むから都を守ってくれ』っつって。北西部軍と戦うなら無策じゃ数いても絶対ダメ。戦のプロ中のプロが揃ってっから」
北西部の武将は、対チート北の国用の強強軍団。今の話じゃ、帰ったり逃げたりしたのは歩兵だけ。まさか雲嵐、そんな危険な強強軍団相手にしようとしてないよね。
「……」
「あ、いや。ほら、雲嵐だって行ってねーよ。たぶん。仲良い2人と遊んでんだろ。じゃ、もし会ったら、金、軍部へ取りに来るよー言っといて」
御者は「じゃ」と行ってしまった。
心臓がどきどきと不安を煽る。まず、仕事に戻ろう。李氏様に伝えて帰らせてもらおう。それから、それから、雲嵐の家に。馬の方がいい。やっぱ、まず帰って李氏様の屋敷で馬を借りて、、、もし、雲嵐が家にもいなかったら?
分かってしまう。雲嵐は寺へ行った。僧達を助けに。
そーゆー人だから。




