手を伸ばせば恋人
李家の使用人に、助けてくれたお礼を言いに行った。
「ホントは下の下の下じゃないんだってね」
「口もきかなくてごめんね」
もう香香の身分が下の下の下じゃないってことは、伝わり始めてると聞いた。
使用人達から何かをされたことはなかったから、虐げられていたことに関して謝られても、ピンと来ない。
「香香がオレらの屋敷にいるなんて。革命の英雄だぜ」
それ、もっとピンと来ない。
「な、身分はなくなるのか?」
「李氏様が普通の人んなったら、うちら、働くとこなくなる」
「新しい世は、誰が治めるんだ?」
「言われてるような英雄とかじゃないので、ぜんぜん分かりません。すみません」
私の答えに使用人達はがっかりする。
一旦屋敷に戻った李氏様は、しばらく休むと、夜には仕事に出掛けて行った。やらなければならないことが山ほどあるらしい。
薄曇りの早朝。
雲嵐に会いに行こっと。
2人で住む家だって♡ うふっ。
屋敷を出てすぐのところで、雲嵐にばったり。以心伝心だね。
大河沿いの原っぱに並んで座る。
「2人で住むの?」
「香香がよければ」
「いいに決まってるじゃん。住む」
雲嵐は、繋いでいた私の手にキスした。どきっと心臓が体から飛び出す。もう、驚かさないでよ。
「でさ、オレ、山があるとこで暮らしたい。ガオを狼の群れに入れてやりたいんだ」
「え」
そこで、ガオが近衛兵から翠蘭と私の命を守ってくれた話をした。
「やるなー。ガオ」
「ガオ、人に慣れてるし、ずっと一緒にいられると思ってた」
「アイツ、まだ2歳なんだ。生まれてすぐくらいのとき、山で拾った。逃げるとき、忘れられたんだと思う」
「赤ちゃんガオ。可愛かった?」
「すンげー可愛かった。そんときは弱ってて、やっと目ぇ開いたってころ。でもさ、ドラゴン山にいても、ガオ、仲間んとこへ戻んなくって」
「雲嵐の傍がいいんじゃない?」
ガオの家族は、ドラゴン山から続く人里離れた山が縄張りらしい。
「ガオがホントにオレといたいならいーけど。でもさ、群れで暮らすなら、なるべく若い方がいい」
「じゃ、ドラゴン山じゃないとこ?」
「香香、ちょっと都から離れるけどさ、もうちょっと北の山、行かね?」
「北部ってこと?」
「そこまでじゃない。馬で1日くらいんとこ。西の国境へのメインルートの途中」
西の国境へのメインルートは、北部へ少しだけ近づいてから西へ向かう。北部へ向かう分岐点には大きな街があった。
「じゃ、あの辺で猟をして生活するの? それとも、農民になるの?」
「メインルートから近い山で、できれば馬牧場。いい場所があったんだ」
「おおーっ」
ぱちぱちぱち
拍手。
「都が近いと軍に馬収めたりってあるけどさ、あそこじゃ、そんな上手い話はないと思う。だから、できるかどうかも分かんないし、できても失敗するかもだし、続けても貧乏かも」
あらら。夢を語るにしては悲観的。
「やってみよーよ」
「始め方もなんも分かんねーの。親父も祖父も継いだだけで、始め方は知らなくて」
もう訊いたんだね。だったら、雲嵐の中ではかなり具体的で大きな目標じゃん。
「一緒に頑張る」
「香香、いーの?」
「雲嵐の応援が、私のしたいことだもん」
ちゅっ
いきなりのキス。ちょっと、人が見てるかも!?
「誰もいない」
確認してからキスしたの?
雲嵐はいたずらっぽく笑う。
その顔、好き。きゅって胸、痛い。
「ね、今、チャンスかも。統治する人がいないっしょ。だから誰かに許可をもらうのなしで、牧場、始められちゃうかも」
「話は通すつもり」
そっか。そーゆー人だった。私のこと、皇帝に掛け合おうとしたくらいだもんね。私なんて、火事のどさくさで逃げたままなのに。
「楽しそ」
こてっと隣の肩に頭をくっつける。
旅での目眩い日々が脳裏を過った。手を伸ばせば、そこに雲嵐がいる。




