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実は翠蘭カッコヨ




「すいら〜ん。李氏(りし)様、無事だったよ」



 馬で先に帰って来ちゃった。

 翠蘭(すいらん)はまだ床に伏したまま。靴擦れが痛々しい。普段、そんなに歩かないもんね。


 翠蘭の脚をマッサージしながら、どうやって私を助けに来てくれたのかを尋ねた。翠蘭は、木の板にさらさらと美しい文字を(したた)める。字、めっちゃ上手くなってるし。



 昨日、いつもと違って、外がざわざわしていた。もうとっくに、()家の屋敷の周りには、黄色い襷の自警団はいない。いったいどうしたものかと気になった翠蘭は、使用人に尋ねようと思った。

 別棟から回廊を渡り、使用人が集うエリアに行くと、皆が深刻な顔をして、話していた。



『うわぁ、翠蘭様!』



 まず驚かれ、その後、私について尋ねられた。



『今、香香(シャンシャン)が宮廷近くの牢にいるらしいんです。男の服を着て別棟で暮らしていたのは香香ですか?』



 バレてたのか。当然だよね。食事も洗濯物も1人分増えてたんだもん。

 翠蘭は首を縦に振った。



()()()の檻の広場で捕えられた若者らが牢から出たのに、香香だけは帰してもらえません。若者らは、香香解放のため、広場に集まる計画をしています』


『そんなことしたら、香香がもっと酷い目にあっちゃうよ。今朝だって、鞭打ち200回って。男だって100回なのに』



 違わん? どーして噂って正しく伝わらないんだろ。



『ひどい!』

『可哀想に。そんなの肉まで抉れてるぞ』

『明るい、いい子だったのに(泣)』



 いや、まだ生きてるし。



『李氏様になんとかならないか相談したくても、まだ仕事からお戻りにならない』


『とにかく、李氏様に会いに官庁へ』

『行くなら、牢でしょ』

『香香を助けなきゃ』

『どーやって』

『下の下の下の檻は鉄格子だけど、今いる方は木だって話だ』

『よっし、これだ』

『斧!?』

『見つかったら、こっちが殺されるゾ』



 などと騒ぎ始めたので、翠蘭が、バンッと自分の胸を叩いて、用意されていた斧を手に取った。うっわ、カッコヨ。



「ありがとう。翠蘭に助けられてばっかりだね」



 両手を合わせてお辞儀。感謝の意を伝える。

 翠蘭はふわっと微笑んで首を横に振る。空気が清浄されるわ。



「ね。どーして、あの抜け穴知ってたの?」



 こっちの方が知りたい。

 翠蘭は再び筆をとった。


 宮廷の隅にあった廃墟の宮は、翠蘭と元カレの宦官との逢い引き場所だった。当時は舶来の敷物と椅子を持ち込んだ部屋があったらしい。


 ある夜、イチャイチャしてたら物音がした。皇帝がたった1人で、廃墟に入って来たのだった。2人で息を潜めて様子を伺うと、皇帝は迷いなく、廃墟の角部屋へ行った。そして、部屋の隅の床板を開けていた。


 皇帝が1人でいるというのは、レア中のレア。更に不可思議な行動。  


 皇帝が廃墟を去ってから見てみた。床板の下には階段があり、先が見えなかった。


 元カレは、穴がどこへ繋がっているのか調べた。翠蘭が見張り、元カレは蝋燭の灯りを頼りに進む。何度もチャレンジしたらしい。あまりに先が長く、元カレは、いつも怖くなって戻って来てしまうのだった。


 翠蘭は筆談用の木の板に『交代した』と書いた。


 ええっ。翠蘭って、実は見た目ほど大人しくてお淑やかなタイプじゃないのかも。頭の中に、宦官との睦事暴露や背中に斧を背負った姿が浮かぶ。


 抜け穴の出口は翠蘭がつきとめた。



 ぱちぱちぱちぱち



 思わず拍手しちゃったよ。


 2人が秘密の抜け穴を見つけたのは、運命だったと翠蘭は考える。

 後に、瀕死の翠蘭は、その抜け穴を使って宮廷から秘密裏に出され、この李氏様の屋敷に運ばれた。



 ぽたん 


    ぽたん


   ぽたん



 翠蘭の目から落ちた涙が筆談する板に落ちる。



「ごめっ、思い出させてごめんなさい」



 ぶんぶんと首を横に振る翠蘭。


 

『聞いてくれてありがとう。辛かったことでも、話したかった』



 それから翠蘭は続けた。



『香香がこの屋敷に来るまで、私はただ息をしているだけだった。感情もなく生きていた。でも、香香が現れてから、周りのもの全てに色がついて、生き生きして見えた。木も風も鳥のさえずりも。字を覚えること、李氏様のこと、自分の中から気持ちが溢れるようになった』


「そんなふうに思ってくれてありがとう」



 中庭では、強い日差しに、木々が涼やかな濃い影を作っていた。


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