諸行無常栄枯盛衰
夜の街に一際明るい部分がある。少し丘を登り、見下ろした。燃えている。橙色の炎と黒い煙。風に乗って栄華が焦げ、消失する匂いが届く。
非道く、綺麗。
宮廷の手前側、1/3は暗いまま。後宮の妃達の住む部分は燃やされなかったんだ。よかった。瑞華様達は無事。
「翠蘭、ありがと。助かった」
翠蘭は笑いながら何度も頷いた。
土壁を伝いながら汗を拭いていた翠蘭の顔には泥が付き、手は真っ黒。肌が白い分、目立つ。
さあ、帰るのが大変。李氏様の屋敷は宮廷の向こう。早く帰って空きっ腹に肉汁滴る牛の肉を注入したい。点心でも白米でもいい。そう言おうと振り返ると、翠蘭は、ぺたんと地面に腰を下ろしてた。もう歩けないって。だよね。
自分もその場に座ろうとしたときだった。
「うわぁ」
ドサッ
10尺(約3m)ほど離れた場所で悲鳴が上がった。そっちを見ると、
「ガオ!」
灰色狼のガオが倒れた近衛兵を押さえつけ、喉元に牙を剥き出した口を近づける。近衛兵の手には剣。翠蘭と私を狙った?
素早く近衛兵の手から剣を奪って尋ねた。
「何してた?」
「死にたくない。助けてくれ、こいつを、こいつを」
近衛兵が震える声を出すと、ガオが「うぅぅぅうぅぅぅ」と唸る。ガオ、こっちも怖いんだけど。翠蘭なんて私にしがみついちゃってるし。
「何してたか言え」
もう一度問う。
「に、に、逃げようと。逃げるところを、見られたくなかった」
は?
「逃げる?」
「殉死が、い、嫌で。死にたくない。死にたくないんだ」
殉死?
思わず翠蘭と顔を見合わせる。
近衛兵がいるのは私達よりも丘の上側。この上で、皇帝と共に逃げた近衛兵達が殉死してる。つまり、皇帝も皇子も、もう。
「ガオ、助けてくれてありがと。もういいよ。離してあげて」
優しく話しかけると、ガオは少し首を傾げて、近衛兵の上に置いていた前足を退けた。それでもまだ、近衛兵は起き上がることすらしなかった。ガオ怖すぎ。
仕方なく、私が男の胸に剣先を近づけた。
「行け」
命令。
近衛兵は、「ひぃぃ」と発しながら丘を下って行った。
それを見届けると、ガオも去った。
「もう大丈夫。きっと誰もいないよ」
翠蘭が私を引っ張って歩こうとする。
「え、休まなくていーの?」
尋ねると、首を縦に振り、しっかりした足取りで丘を下り始める。
「そんなにガオ、怖かった? いい子だよ。助けてくれたじゃん」
今度は首を横に振ってるし。
「いい子だってば」
また首を横に。ガオはいい子なのに!
私が下唇を突き出して、面白くないって顔を見せると、翠蘭は立ち止まった。そして丘の上を指差す。
?
訳わかんないって顔をしたら、翠蘭はゼスチャー。
ふむふむ。首、吊ってる。首、斬ってる。腹、剣、斬ってる。自分の胸に、剣、刺してる。ダメ。キョンシー(死体のお化け)、出る。
「脅かさないでよぉ」
逃げた。
街はお祭り騒ぎ。そこら中にかがり火があって、人々でごった返してる。
酒を煽りながら歩く者多数。なんか吹いてる人、なんか弾いてる人、なんか叩いてる人。歌ってる人、踊ってる人。
酒を振る舞ってる人。ちまきや串刺しの肉や魚を振る舞ってる人。
「翠蘭! 飯飯、肉肉、タダじゃん」
やーっと食べ物にありつけた。酒は振る舞ってるのに、お茶振る舞ってないんだよねー。水分補給で酔っぱらったー。ついでに、馬車も振舞ってほしかったなー。
かがり火から離れれば、翠蘭も私もだたの小汚い酔っ払い。私は男装で近衛兵の剣を持ったままだったし、美しい翠蘭は泥まみれ。安全に李氏様の屋敷に辿り着くことができた。
宮廷前の広場まで馬車で翠蘭を運んだ使用人は、翠蘭の無事に死ぬほど喜んでた。うんうん。翠蘭に何かあったら李氏様に殺されるよね。マジで。
李氏様は帰宅していない。




