死ね、好色ジジイ
「オレらが香香の顔知らないからってウソこいてんじゃねー」
「そーだそーだ!」
「本物なら証拠みせろや」
民衆が馬車を蹴っているのか、ガツガツと音がし、馬車が激しく揺れる。
「なあ、今朝、香香は鞭打ち食らったはずだろ」
「見せろや」
「本物なら、鞭の痕があるはず」
「はっ、偽物なんだろ?」
翠蘭が私を見て『むちうち?』と口を動かす。
「知り合いの兵士だったから、鞭打ちされたフリしただけなんだよね」
私はペロッと舌を出す。
と、いきなり翠蘭が上半身の服を脱ぐ。
「何やってんの?!」
驚く私の囚人服を引っ掴んで羽織りながら馬車を出た。
「ちょ!」
馬車の中で息を呑む私を、外からまっすぐ見つめる翠蘭。
翠蘭は人々に背中を晒した。羽織った囚人服の上衣を下げて前を抑える。
夕闇が傷痕の新旧を覆う。
虫が蠢くような傷痕。体と心に刻まれた翠蘭の人生の闇。
「やめろぉぉぉ。お前ら、女性に対して無礼だぞ!」
馬車から飛び出す。精一杯の低音ボイスで威嚇し、翠蘭の背の前に立ちはだかった。顔すらはっきり見えない夕闇で、男として翠蘭を守る。怒りに震えながら睨むと、集まっていた人達は、じりじりと後退りして行く。
「道を開けろ」
その言葉で、ざざっと馬車の前の群衆が割れる。
再び馬車に乗った。
「翠蘭、ありがとう」
肌を晒しても、ケガをするわけじゃない。けれど、確実に心が傷つく。ごめんなさい、あんなことさせて。
進み始めたと思った馬車は、方向を変えた。
変だ。馬車を引く馬だけじゃない蹄の音がする。周りに何頭もの馬がいる。
不審。窓から御者が座る場所を見る。使用人は意識を失い、紫の帯の近衛兵が御者をしていた。いつの間に。窓から外は、暗くて何も見えない。馬が並走しているなら、馬車から飛び降りることもできない。踏み潰される。
「ヤバい」
翠蘭も様子がおかしいことに気づいて、不安な顔をしている。
馬車が速くなる。車輪の音が不安を増幅させる。
運ばれた先は、宮廷だった。
「降りろ」
バカでかい建物の前で降ろされた。広い階段が建物の前にいくつもある。かがり火が煌々と燃え、白い階段を照らす。
翠蘭はぴたりと体を寄せて、私の袖をぎゅっと掴む。
今度は私が翠蘭を守る番。
近衛兵と共に階段を上った。
「部屋に入ったら、平伏せ。許しがあるまで顔を上げるな」
事前注意があった。
部屋に通さ、、、部屋? こんな広いとこ初めて。なんだここ。走り回れるほど広いし、天井高いし、もう夜なのにめっちゃ明るい。赤い柱や扉、天井の金色が眩し。1番眩しいのは、正面にある派手な台。人が祀られてる。
おっと。翠蘭がもう平伏してるし。急いで身を低くして姿勢を真似た。
「2人とも、顔を上げよ」
それは正面上の方から。どうも、祀られていた人は声を発するらしい。ここが宮廷で、仰々しいとこに鎮座してる人間って。皇帝じゃん。
皇帝は翠蘭だけを見ている。
「お前に姉妹はいるか? 数年前、後宮にいた女と瓜二つ。もう少し傍に」
翠蘭はガタガタ震えながら立ち上がる。陶器のような白い肌が青い。どうしよう。どうすれば救える。自分はなんて無力。
「名はなんと言う」
皇帝が尋ねたとき、翠蘭は意識を失った。倒れた音が部屋に響き渡った。
「こら、無礼だぞ」
「私の家の者なのです。通してください」
「李氏様、皇帝の前ですぞ」
「その者を捕えろっ」
外で揉み合う声がした、次の瞬間、
バン!
扉が勢いよく開いた。
「申し訳ありません! 使用人への責めは私が受けます」
李氏様だった。翠蘭のもとに駆け寄ると、すぐさま平伏す。
「下がれ。倒れた女を私の寝所に運べ」
皇帝が気色悪いことを言った。国の一大事に何考えてんの?
「どうか、どうかお捨て置きを。この女は声すら出ません。傷ものです。ご気分を害されるでしょう。どうか」




