ボーナスステージ
私が吹き飛ばされそうになった上衣を置き直すと、おっさん兵士がパクパクと口で何かを訴える。なになに? 『声、声、うっ、痛い』 なるほど。
「うっ。いたーい」
え? 何? 『ヘタクソ』?
ビシッ
「う”っ」
これでどーだ。あ、グッジョブって。
「いくぞ!」
ビシッ
「ううっ」
そんな鞭打ちが続いた。
数は50回。
途中で、もう声を出さなくていいと言われた。外に誰もいなくなったのかと思いきや、通常、回を重ねると気を失ったり、呻き声すら上げられなくなるほどぐったりするらしい。怖っ。
「終わったら、歩けなくなるからな」
「はい。ふらふらしときまっす」
「牢まで担いでくから」
「お願いします」
「そんときは、ぐったりしとけ」
「はい。ありがとうございます」
終わると、鞭の痕で汚れた上衣を身につけた。
「足りねー」
言いながら、おっさん兵士は刃物で自分の指先を切り、上衣に血を滲ませる。
「大丈夫ですかっ。痛いですよね」
「気にすんな、香香。なんかさ、この命令、変なんだわ」
「変?」
「このクソ一大事に、普通に考えたら、こんな暇ねーじゃん。なんかさ、お偉いさんが『香香を丁重に扱うように』っつったらしーんだわ」
李氏様かも。
「……」
「で、それが次のお偉いさんに伝わった。その次と次の次のお偉いさんは戦でいなかった。で、オレらに命令が来た。牢では『丁寧に扱え』は男鞭打ち100回、女鞭打ち50回のボーナスステージでさ」
どんなボーナスステージだよ。
「……」
「ホントに丁寧に扱えって意味だったかもしんね」
「確認してくださいよぉ」
「1コ上には訊けても、3コ上にはちょっと。オレら下っ端だし、今、非常事態だから」
分かる。この戦の最中にどーでもいいこと訊きに来んなって思われそ。
「そうですよね。では、取り敢えず、痛がっときます」
「おっしゃ、担ぐぞ」
「おなしゃっす」
ってことで、牢まで肩に担がれた。
牢で痛そうにして寝転んでいると、見張りの役人が、こっそり塗り薬をくれた。
みんな、優し。
キナ臭さに体を起こす。
どこかから大勢の人達の声が聞こえる。
火事?
「すいませーん、すいませーん」
呼んでも返事がない。誰もいない?
「お〜い。誰かぁぁぁ」
「火事か? 火事なのか?」
遠くからも声がした。私と同じように人を呼んでる。女装とゴリマッチョの声? きっと細マッチョも一緒にいる。
どこからか走ってくる足音が聞こえた。あ、おっさん兵士じゃん。
「香香、逃げろ。火ぃ投げこまれた」
「え?」
「みんながお前を牢から出せって、押しかけてきた。逃げろ。このままだと、牢を移される」
おっさん兵士は鍵の束と私の荷物を渡して走り去ろうとする。
「こんなことしたらっ」
おっさん兵士が罰を受けてしまう。
「オレはこれから河の方を守りに行く。敵が攻めてきた。じゃな」
「ありがとうございます!」
大河での待ち伏せ挟み撃ち作戦に失敗した?
おっさん兵士が走り去る間にも、どんどん人々のざわめきが近づいてくる。
焦るな。自分に言い聞かせながら、自分のいる檻の番号の鍵を取り出して南京錠を開けた。
皇帝が住み、政治を行う巨大な宮殿は、北が表門。南が裏門。
裏門から少し離れて南に大河。
北の表門の前には何万人もが集まることができる広大な広場がある。広場周辺には官庁が立ち並び、私のいる牢獄は、法部門の官庁の中の一角。
人々の声は広場の方向から聞こえてくる。そこまで行けば、みんなが助けて、、、ムリ。火を放ってるのは暴徒化した民衆。火の手は広場方面に見える。まだ燃え広がってはいなさそうだけど、危ない方へ逃げるわけにはいかない。
おっと、その前に。女装、細マッチョ、ゴリマッチョの檻の中に鍵の束を放り込んだ。それ以外の檻は空。




