優男からの知らせ
兄が俊熙と名乗ったのは、チスタンにいたときの名が、ジュンだったから。
[リーは今までもこれからも、オレにはたった一人のだいじ〜な妹だから]
[私にとってもだよ、お兄ちゃん]
不思議な2人の小さくなる後ろ姿を見送る。兄はキラの腕に手を掛けて歩いていく。
央の国の旅行中、キラは目の不自由な兄をサポートする。恵まれた生まれのキラが、捕虜だった人間の身の回りの世話をするなんて、世間の常識ではあり得ないこと。兄の雇用主はキラだけど、2人のやり取りは友達で、対等。それはきっと、民主制に憧れる下地に平等の考え方があるから。
キラ、お兄ちゃんを救ってくれてありがと。素晴らしい友達でいてくれてありがと。
平等を掲げるなら、私を金銭で買っちゃダメだよ。いくら私を救うためでも、キラの信念に背くじゃん。
牢の警備が明らかに手薄。多くの役人は兵士として戦に駆り出された模様。
街を警備する者がいなくって、新しい収容者はいないし。下の下の下の檻の広場の演説は放置状態なんだって。
いつの間にか、空いた檻ばかりになって、牢に残ってるのは少しだけ。聞こえる物音は、ずーっと向こうの方の檻からの数人分。
早く逃げて、湯浴みしたい。髪の毛、固まってるし。そう思っていたころ、強制的に湯浴みをさせられた。分かるわ。警備する方だって、鼻が曲がる。
「麗、元気か?」
やつれた顔で現れたのは李氏様だった。
「お久しぶりです。戦には行かれないのですか?」
「私は文官だ」
あ、そっか。それに、戦場で役立つタイプに見えないわ。
「お疲れのご様子ですね。お忙しいのですか?」
「まあな。金満寺の件が進まなくて困ってる。調査する人間もいなければ、調査したところで、今は手続きが通らない」
みんな、戦で出払ってるもんね。
李氏様は苛立たしげに扇子でパタパタと扇ぐ。
「何か分かりましたか?」
「麗が想像した通りだった。経済部門の大臣の字で書かれてた積荷についての議事録、妙なところで区切られてたーーーあれは、船ごとに積荷を分けて書かれていた。議事録をとった経済の大臣に確認した」
「え、確認なさったのですか」
危険なことを。
「大丈夫だ。北の国への手土産リストが同じフォーマットだった。ほら、麗が、銀を入れる箱の発注を見つけた。あの少し後るに、経済の大臣の字で記されていた」
北の国への賠償金が横領されて、外交の副大臣が捕まった件。
「そうだったのですね。気づきませんでした」
それなら、先の横領発覚の後調査だと思われて自然。
「東の国への土産リストの中にあったものが2点、金満寺の住職の妾の屋敷にあった。他は売り捌いたのだろう。生糸と絹織物が外交の大臣に、陶磁器と芸術品が経済の大臣に、ごっそり横流しされたということ。芸術品は品名や作家名があったから2点だけでも分かったが、生糸と絹織物は名前がないから証明できない」
「2年も前ですしね」
「金満寺の住職は、妾の屋敷内のことは全く知らぬ存ぜぬを貫いている」
想定内。目新しいことはないのっかなー。
「文机の中の帳簿はどうでしたか?」
東の国との密輸の記録があったはず。
「手が足りん。通常業務と法部門の実働部隊だった兵士の穴埋め仕事、金満寺の妾のところの芸術品チェック、そこの殺人事件の調査。帳簿を見る余裕がない。ここへ持ってきたいくらいだ」
翠蘭に帳簿を見せれば、何か見つけてくれるかもしれないのに。金獅子香炉に気づいたのは翠蘭なんだから。
げっそりとした李氏様に「翠蘭は読み書きできるようになったんですよー」ってチクりたいのをぐっと堪える。
「大事な証拠品だから、ここへは難しいですよね」
「だな。殺人事件の方は、若い、どこかから流れてきた河の者が被害者だ。殺したのが捕まえた3人のうち誰なのかは分からない。事情聴取もしないままだからな。3人はあっちの方の檻にいた」
李氏様は視線で物音がする方を示す。
「そーなのですね。あの、北部への米のことなのですが……」
私は、牢に来て最初の夜に、内閣府長の陳氏の来訪があったことを知らせた。内容も。牢にいた他の者にも聞かせたかったような雰囲気だったことも。
「そうか。事実だろうな。そういうお人なのだ」
話しぶりから、李氏様は陳氏を尊敬しているふうに見える。長身の美老人、優しい瞳、穏やかな話し方。李氏様とタイプが重なる。もう1つあった。正義感。もう1つ、決断力。
李氏様がおじーちゃんになったら、あんな雰囲気かも。
陳氏ってラスボスのはずなのに悪辣さが足んない。




