恋する泣き虫香香
頭に来たオバハンは、役人にスープをぶっかけて捕まった。夏だったのは不幸中の幸い。冷麺のスープだから。冬だったら熱湯スープで火傷してるって。
「商人も商人だよ。あいつらはね、都合のいいときだけ河の者に頼るんだよ。去年なんて、船貸すから積荷、北部へ運んでくれってゆーんだ」
「北部へ?」
「それはそれは何隻も、ずらーっと船が繋がってたよ。最初はね、近所の者ら、『寒いから嫌なんかな』なんて言いながら引き受けたんさ。そしたら、アンタ。襲われた。半分は殺されて。危険だから河の者に頼んだんだよ。そっんな恩忘れて、ちょーっと船置かせてくれってのが、なんでダメなわけ?」
北部へ何かを運んだ。
「大変。襲われるなんて。積荷は何だったんですか?」
「米や」
「それはいつのことですか?」
「あの日はね、確か、見てたら初雪が降ってきた。11月やったね」
初雪。
「それより後、今年になってから仕事、頼まれました?」
「いいや」
上書の後は米は運ばれていない?
「北部は飢饉で、大運河沿いにずらっと、こっちからの米待ってる人がいるって」
前、会ったときに聞いた。
「お父ちゃんが言ったのは、北から逃げてきた人の話。運んでって見たんじゃないよ」
「その後は運んでないんですか? 商人も役人も」
「運んでない。うちらは大河で毎日毎日仕事してる。10隻くらい船が連なってたら分かる。それにね、河の者が襲われた仕事、商人や役人がするわけがない。そーゆー仕事はうちらに言ってくる。誰も頼まれてねーし」
救援物資の米は、上書の後、運ばれていない。
愕然とする。
上書は重い。庶民がその土地の役人に訴え、その役人は更に上に訴える。これが何段階もあって、やっと皇帝に届く。ほとんどは途中で無碍にされる。まして、皇帝と北部は仲が悪い。それでも尚、退けられなかった訴え。
李氏様が言ってた。北部に穀物を送ると決まった記録があったって。なのに、実行されていないなんて。
空腹は辛い。希望も気力も奪う。
少しずつ死へ近づいていく。思い出したくない。
「麗」
雲嵐が来てくれた。
「ごめんなさい。こんなことになって」
謝ると、雲嵐は悲しそうな顔をした。
「オレ、ぜんぜん力なくて、情けない。李氏様に、出してもらえるよう頼もうって思っても、お忙しくて会えなくて」
骨折ってくれてるんだね。
「ありがとう。役人に知らせてくれて」
「ガオが教えてくれた」
「うん。ガオにも伝えて。ありがと」
「ここへ通してもらうの、大変だった。香香って言ったら、仲間なら牢に入れるって脅されてさ」
「それでも会いに来てくれたんだね。雲嵐」
「お菓子。これ」
雲嵐が持ってきてくれたのは、胡桃のお菓子。初めて雲嵐と喋ったときに私から渡したのと同じ。あのとき、雲嵐は鉄格子の間から、私の口の中にお菓子を1つ入れてくれた。
あの瞬間、景色が柔らかくなって、自分が女の子になった気がした。とくんって、小さく心臓が鳴った。
「ありがと。これ、好き」
雲嵐、好き。
「オレも。大好き」
見つめ合って微笑み合う。木の格子越しに渡されたお菓子を1つ口に入れる。美味しくて。目頭が熱くなる。
「私は大丈夫だから。雲嵐こそ、体、元に戻してね」
まだまだ痩せてる。格子の間から私に触れる指は枝のよう。
私がこんなことになったら、雲嵐はまた酷い姿に戻ってしまう。汗で額に張りついた髪、着崩れたままの服。ごめんね。心配させてごめんね。
ぽろんぽろんと涙が溢れる。私ね、こんな泣き虫じゃなかったよ。自分のことだったら泣かない。雲嵐を思うと、それだけでこんな風になっちゃうんだよ。
「……香香」
その響きが、眩しかった日々に引き戻す。二人での旅。野菜を洗いながらふざけ合って、火を起こしながらキスして、星空の下で眠ったね。




