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アルテミスデザイア  作者: 海獺屋ぼの
45/63

3-15

 お盆が明けると秋の足音が聞こえ始めた。少しずつ鈴虫の声が多くなり、気温も30度を下回る日が増えた気がする。

 結局、私はのど自慢大会に申し込んだ。どうせやることも他にないし、丁度良いだろう。

 このことに関して母は顔をいささかしかめていたけれど、私は気にしないことにした。

 文句を言いたいのは母の自由だけれど、参加するのは私の自由だと思う。

 予選会も無事終わり、どうやら私は本戦に出場できるらしい。

 予選通過の話をすると母以外の家族はとても喜んでくれた。特に祖母は大喜びで、近所の友人に自慢して回っていた。ありがたいような恥ずかしいような気分だ。

 出場が決まると私は栞宛に手紙を書いた。

 夏休みこんなことがあったとか、健次は元気だとかそんな内容だ。

 栞は今どうしているのだろう? 元気しているだろうか?

 彼女の姿を想像しようとしたけれど、栞の像はぼやけていて上手く思い浮かばなかった。

 おそらくは栞は相変わらずだと思う。いつも本にかじりつき、夜には原稿用紙に向かって物語を綴っているはずだ。

 私も負けてはいられないと思った。栞は着実に前に進んでいるはずだ。私もまずは一歩踏み出そう……。

 のど自慢大会の1週間ほど前。私は健次と喫茶店で夏休みの宿題をしていた。

 もっとも、私の宿題は8月の頭には終わっていたので健次が丸写ししているだけだけれど。

 クリームソーダの緑色が鮮やかで、見ているだけで涼しくなる。

「ケンちゃん! ウチ今度のど自慢大会出んねん!」

 私は宿題を書き写している健次に声を掛けた。彼は一瞬固まると視線を上げた。

「のど自慢? 来週府民ホールで歌うんか?」

「そうやで! えーやろ! ケンちゃんも来てくれるやろ?」

「んー。来週やろ……。まぁ行けないこともないなー……」

 健次は面倒くさそうに頭を掻くと大きなため息を吐いた。

「ちょっとケンちゃん! ウチがせっかく歌うのに来てくれへんの?」

「正直面倒くさいなー。お前のことは見たい気もするけどなぁ……。年寄りばっかやろ? きっと」

「そんなことないって! ウチが予選会行ったときは結構若い人もおったで! だからお願い! 来てーな!」

 来て貰わなくては困る。と私は思った。

 あまり認めたくはないけれど、今回参加を決めた理由は健次に聴いてもらうためだった。

 恋慕……。であるのは間違いない。もう使い古されて滲みだらけの恋心だけれど。

「ま……。ええやろ。行ったるわ」

「ほんま! ありがとう! ウチめっちゃ頑張るからな!」

 心底嬉しかった。今更だけれど、健次に認めて貰えた気がした。

 栞が居なくなってから私は昔のように健次と接していた。恋人同士ではないけれど、親友以上の存在だった。健次自身は私を姉か妹のように思っているのかもしれないけれど。

 それでも私はいつか健次に私を認めて貰いたいと思っていた。単なる幼なじみではなく、女として……。

 中学生ながらに私は彼の身体を求めていた。彼の匂い、肌の質感、少しだけ高い声、針のように尖った髪の毛……。その全てが愛おしかった。

 プラトニックでいることがとても苦しかったし、健次にも私の身体を求めて欲しかった。

 彼と一つになりたい……。早く一つに。私は欲望のままにそう思った。

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