3-15
お盆が明けると秋の足音が聞こえ始めた。少しずつ鈴虫の声が多くなり、気温も30度を下回る日が増えた気がする。
結局、私はのど自慢大会に申し込んだ。どうせやることも他にないし、丁度良いだろう。
このことに関して母は顔をいささかしかめていたけれど、私は気にしないことにした。
文句を言いたいのは母の自由だけれど、参加するのは私の自由だと思う。
予選会も無事終わり、どうやら私は本戦に出場できるらしい。
予選通過の話をすると母以外の家族はとても喜んでくれた。特に祖母は大喜びで、近所の友人に自慢して回っていた。ありがたいような恥ずかしいような気分だ。
出場が決まると私は栞宛に手紙を書いた。
夏休みこんなことがあったとか、健次は元気だとかそんな内容だ。
栞は今どうしているのだろう? 元気しているだろうか?
彼女の姿を想像しようとしたけれど、栞の像はぼやけていて上手く思い浮かばなかった。
おそらくは栞は相変わらずだと思う。いつも本にかじりつき、夜には原稿用紙に向かって物語を綴っているはずだ。
私も負けてはいられないと思った。栞は着実に前に進んでいるはずだ。私もまずは一歩踏み出そう……。
のど自慢大会の1週間ほど前。私は健次と喫茶店で夏休みの宿題をしていた。
もっとも、私の宿題は8月の頭には終わっていたので健次が丸写ししているだけだけれど。
クリームソーダの緑色が鮮やかで、見ているだけで涼しくなる。
「ケンちゃん! ウチ今度のど自慢大会出んねん!」
私は宿題を書き写している健次に声を掛けた。彼は一瞬固まると視線を上げた。
「のど自慢? 来週府民ホールで歌うんか?」
「そうやで! えーやろ! ケンちゃんも来てくれるやろ?」
「んー。来週やろ……。まぁ行けないこともないなー……」
健次は面倒くさそうに頭を掻くと大きなため息を吐いた。
「ちょっとケンちゃん! ウチがせっかく歌うのに来てくれへんの?」
「正直面倒くさいなー。お前のことは見たい気もするけどなぁ……。年寄りばっかやろ? きっと」
「そんなことないって! ウチが予選会行ったときは結構若い人もおったで! だからお願い! 来てーな!」
来て貰わなくては困る。と私は思った。
あまり認めたくはないけれど、今回参加を決めた理由は健次に聴いてもらうためだった。
恋慕……。であるのは間違いない。もう使い古されて滲みだらけの恋心だけれど。
「ま……。ええやろ。行ったるわ」
「ほんま! ありがとう! ウチめっちゃ頑張るからな!」
心底嬉しかった。今更だけれど、健次に認めて貰えた気がした。
栞が居なくなってから私は昔のように健次と接していた。恋人同士ではないけれど、親友以上の存在だった。健次自身は私を姉か妹のように思っているのかもしれないけれど。
それでも私はいつか健次に私を認めて貰いたいと思っていた。単なる幼なじみではなく、女として……。
中学生ながらに私は彼の身体を求めていた。彼の匂い、肌の質感、少しだけ高い声、針のように尖った髪の毛……。その全てが愛おしかった。
プラトニックでいることがとても苦しかったし、健次にも私の身体を求めて欲しかった。
彼と一つになりたい……。早く一つに。私は欲望のままにそう思った。




