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彼女は自身を土屋さくらと名乗った。「ひらがなで『さくら』です」と付け加える。
彼女は見た目と実年齢に反してとても大人っぽい話し方をした。
土屋さんの容姿は見ようによっては小学生にさえ見えるほど幼い。
「鴨川さんの着物いいですね。可愛くて……。それでいてすごく大人っぽいです」
「ああ、これな。ウチのお母さんがあつらえたんや。来年の新作らしいで」
「そうなんですね! 袴のワンポイントもすごくオシャレです!」
土屋さんは私の着物に興味津々だ。流石、織士の孫だと思う。
彼女自身が来ている子振り袖もなかなか良い物だった。
朱色の着物で、袖丈には波の模様と鴛鴦の刺繍が施されている。
彼女の着ている子振り袖は私の物とは対照的だった。私の着物は地味……。よく言えばシックで、彼女の着ている物はとても華やかだ。
「えーなー。土屋さんの着物めっちゃかわええやん。ウチのはめっちゃ地味やん?」
「えー! そんなことないですよ! 確かに色味は大人しめですけど、桜の柄がすごく綺麗ですよ。たぶん鴨川さんの着物の方が私のよりずっと良い物のはずです!」
その言葉はお世辞ではないだろう。確かに私の着物の質はとても良いのだ。
母は和装に関しては気持ち悪いくらい妥協しなかった。
それがたとえ娘の七五三だとしても七桁クラスの物をを選ぶだろう。
卸値だとしてもその値段の着物を選んでくれる母に対しては私も感謝していた。
仮に自己顕示欲からだとしてもなかなか出来るものではない……。
土屋さんはずっと人懐っこい笑顔だった。純真無垢な少女。
「そういえば鴨川さんは歌唱コンクールとかオーディション行かないんですか? 逢子ちゃん地元のイベントよく出てるんですよ」
「そうなん? まぁ逢子ちゃん歌上手いからなー。ウチも出てみたいねんけど、なかなか機会がなくてな……」
彼女曰く、三坂さんはかなり精力的にイベントやオーディションに参加しているようだ。
成績も悪くなく、地元のイベントでは金賞も貰ったことがあるらしい。
「本当に逢子ちゃんは歌上手いんですよ! 本人は『絶対プロになったるで』って張り切ってますしね」
「アハハ、三坂さんらしいな。……ま、あの子やったらプロの歌手になれそうやもんな」
笑いながら私は少しだけ焦りを覚える。
別に敵対関係ではないのだけれど、三坂さんにはどんどん置いて行かれる気分だ。
「逢子ちゃん言ってましたよ! 鴨川さん歌上手いって!」
「そうなんや。お世辞も嬉しいな」
「いやいや、お世辞じゃないと思います。逢子ちゃん人が良さそうで歌でお世辞言ったりしないから……。あ、そうだ!」
そう言うと土屋さんは小物入れから一枚のチラシを取り出した。
「ん? 何なん?」
「あの! 実は京都市内で月末にのど自慢大会があるらしいんですよ! 逢子ちゃんは用事があって出られないらしいんですけどね……。もし良かったら鴨川さん出てみませんか?」
チラシには『京都のど自慢大会出場者募集』とポップ体で大きく書かれていた。
「府民ホールか……」
「はい! 結構大きな会場ですよね! もし良かった。逢子ちゃんも鴨川さんがバンド組むの楽しみにしてるので!」
少しすると両親がエレベーターホールにやってきた。父は予想どおり疲れ切った顔をしている。
「土屋さんありがとう! ちょっと検討してみるわ」
「はい! 当日私も会場に見に行くので」
そんな挨拶を交わすと私は帰路についた。
帰りの車中。両親は相変わらず仕事の話をしていた。あのメーカーは質が良くなったとか、原材料費が上がったとかそんな話。
私は両親の話を聞き流しながら、土屋さんから貰ったチラシに目を通していた。
さて、どうしたものか? 一応の初ステージ……。になるかもしれない――。




