3-1
1992年7月。
陰鬱だった6月も終わり、夏らしい日が少し増え始めていた。
京都の夏を象徴するように鴨川は涼やかに流れていた。
連日の雨のためか水量は多く、見ているだけで涼しく感じる。
松原橋の川床も観光客が増えたように感じる。これは毎年の恒例だ。
街では府外ナンバーの車を多く見かけるようになったし、観光客が増えているのだろう。
期末テストも終わり、あと少し夏休みを迎える。
健次は夏休み、強化合宿のために奈良に連泊するらしい。
「はー……。今月末から府大会やで」
健次は大あくびをしながらぼやいた。
「ああ、そんな時期か。ケンちゃんレギュラーやから大変やな」
「せやな……。ありがたいけど面倒くさいな……。ほら、俺なまじ背ぇ高いからセンターさせられるし。夏休みどっぷり合宿やで」
本来健次は面倒くさがりなのだ。本当は合宿なんて行きたくはないだろう。
「贅沢やな。好き好んで入ったバスケ部なんやからもっと気合い入れたらええのに」
「そうなんやけどな……。でもだらだら過ごしたいねん! 俺がだらしないのはお前が一番知っとるやろ?」
健次は大きく背伸びをした。
「栞かわいそうやな。せっかくの夏なのにお出かけもなしかいな……」
「ああ、それやったら栞も忙しいらしいで。なんたら賞ゆう小説に応募するって張り切っとったから」
「それな。あーあ、栞の新作楽しみやなー。あの子の文章めっちゃおもろいから」
栞とここ1週間ほど顔を合わせていなかった。
彼女が学校に来ているのは間違いないのだけれど、栞が文芸部になってからは会う機会がない。
思い返せば中学校で栞に会うのは吹奏楽部だけだった気もする。
クラスも違うし、栞の性格を考えると休み時間は自分の机で書き物をしているはずだ。
文学少女。
「なぁ月子? 栞なんかあったんかな? 最近のあいつ元気ないんやけど……」
健次はうなじを掻きながら私に尋ねてきた。
「ん? そうなん? ウチは何も聞いとらんけど……」
「そうか……。いやな。なんつーかあいつ最近、上の空やねん。俺が話振っても反応遅れるし、あんまり笑ったりせーへん。なんやろな? 生理かな?」
生理かな? という健次の言葉に私は彼を引っぱたいた。
「痛っ! 何すんねん!?」
「ほんまケンちゃんってデリカシーの欠片もないな。そんなんやから栞悩んどるんちゃうの?」
「そうなんかな? 俺ってそんなデリカシーないかな?」
健次は本当に単純な男だ。私の言葉を真に受けている。
「……分からんけどな。したらウチから栞に聞いてみるわ。悩みあるんやったら何か言うやろ」
きっと創作関係の悩みだろう……。と私は思っていた。
しかし……。残念なくらい私の読みは外れていた。




