2-16
ライブハウスの受付の前で佐藤くんと三坂さんが待っていた。
「やぁ。いらっしゃい」
「おおきに。この前はどうもな」
どうやら今日はライブがないらしい。ライブハウスは眠るように静かだ。
「鴨川さんこの近所なん?」
三坂さんに人懐っこい笑顔で尋ねられた。彼女の首元には銀色の天使のネックレスが掛かっている。
「せやね。バスで30分ぐらいかな? 近所って言えば近所やね」
この前は気づかなかったけれどライブハウスはかなり年期が入っている。壁紙はところどころ剥がれ落ち、備え付けのソファーもボロボロだった。
壁に貼られたイベントのポスターはその古くさい壁にはミスマッチなぐらい真新しい。
「再来月またライブやるんだよ。今度はコンテストじゃなくて対バンだね。ほら、あそこのポスターのやつね」
佐藤くんが指差した先には紫色の綺麗なポスターが貼られていた。5組ほどバンドが出るらしい。
「そうやったんやね。予定空けて聴きにいくで! 今日は羽島くんと舞洲さんは?」
「ああ、あの2人はお留守番だよ。打ち合わせはいつも僕ら2人で来るんだ」
「そうなんや」
どうやら『レイズ』の運営はこの2人の仕事らしい。
三坂さんは終始ニコニコ笑っていた。彼女の笑顔は女の私から見てもとても魅力的に見えた。
同じクラスなら仲良くなれるかもしれない。
「なぁ鴨川さん? 鴨川さんって歌うん好きなんやろ?」
三坂さんは嬉しそうに私に尋ねる。
「うん。好きやで。歌うんはウチの生きがいみたいなもんやからね。本当はステージで歌ってみたいねんけど、なかなか機会がなくてなー」
「そっか。良かったら今日ステージで歌ってみーへん?」
私は「へ?」と聞き返す。ステージで歌うとは?
「あんな。今日ウチら舞台セットの確認に来ててん! もちろん私も歌うけど、時間余ると思うから鴨川さんも良かったら歌ったら? 幸い、亨一とここの店長でベースとドラムはおるし、私がギター出来るから!」
私は佐藤くんの方へ視線を向けた。彼は小さく肯く。
「うん。鴨川さんも1回ステージ上がってみるといいよ。僕の勘だけどきっと鴨川さんはヴォーカル向きだと思う。逢子にも似てるからね」
「せやな……」
私は一瞬だけ考えて「やらして」と答えた。
願ったり叶ったりだ。欲を言えばギターは健次が良かったけれど――。
ステージに上がると観客席を見下ろした。当然、観客はいない。
私に右隣には佐藤くん、左隣には三坂さんが。真後ろには店長さんが座った。
「どう? 見晴らしええやろ?」
三坂さんはギターをチューニングしながら私に微笑んだ。
彼女の手には平べったいギターが握られている。健次の持っているギターとは少し違う形だった。
「ほんまやね。三坂さんのギター変わった形しとるね。ケンちゃんのギターと随分と違うな」
「ああ、これな。これはテレキャスターゆうねん。たしか岸田くんのはSGやったね」
三坂さんのギターは綺麗なクリーム色をしていた。健次の赤いギターとは本当に対照的に見える。
「かっこええなぁ。やっぱり弦楽器出来る人羨ましい……」
「ハハハ、私は本業やないけどな。亨一の方が私よりギター上手いんやで! てか亨一はギター・ベース・ドラムどれとってもウチのバンドで最高の腕やからな」
三坂さんに褒められて佐藤くんは小さな声で「いやいや」と返した。
間違いなく謙遜だと思う。彼のベースの腕を見ればそれは分かる。
「鴨川さん曲どうする? 君が歌いたい曲やるよ。僕らが出来る範囲になるけどさ」
「せやな……」
いったい何を歌おう?
「したら、中森明菜の曲でもええ? 『DESIRE』やったらウチも歌えるから」
「僕は構わないよ。店長と逢子はどうですか?」
「俺はかまへんで、逢子ちゃんが出来るんやったら」
佐藤くんと店長さんは三坂さんに視線を送った。視線を送られた彼女は一瞬止まる。
「ああ、ちょうど良かったわ。コピーの練習でやったことあるし、出来るで!」
どうやら出来るらしい。
私は深呼吸してマイクの前に立つ。心音が早くなり、手が少しだけ震えた。
店長さんのドラム音がライブハウスに鳴り響く。
これが私の初のステージだった――。




