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アルテミスデザイア  作者: 海獺屋ぼの
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28/63

2-15

「日曜に逢子とそっちいくよ」

 佐藤くんは電話口でそういった。公衆電話からなのか雑音が多い。

「そうなんや」

「うん。良かったら鴨川さんたちにも会いたくてね。予定どうかな?」

「ウチはええんやけどケンちゃんが難しいかも……。あの人、週末部活なんよ」

 夏場の健次は忙しい。バスケ部に後輩も入って、その指導に追われているようだ。

「そうなんだ……。せっかくだから岸田くんとギター練習しようかと思ったんだ。じゃあ鴨川さんだけでもどう? 逢子も会いたがってたしさ」

「かまへんよ。ウチの三坂さんに会いたいし」

「じゃあ、日曜ね! 午前中には二条城近くに行くからよろしくね」

 佐藤くんは心なしか機嫌が良い。おそらくいいことがあったのだろう――。

 翌週の朝。

 私は下着姿で姿見の前に立った。鏡に全身が映し出される。

 鏡には私の顔をした女が映っていた。当然、自分自身だ。

 しかし、その女が自分だと思えなかった。思いたくなかった。

 発声練習や持久力トレーニングで私の身体のライン・顔の輪郭は細く引き締まっていた。

 肌の色も健康的で血色もいい。

 細くなっても胸の膨らみはあまり変わらなかった。

 我ながら良い形をした乳房だと思う。

 しかし、そんな風に整った造形が私は気に入らなかった。

「はぁ……」

 思わずため息が零れる。痩せた私は母そっくりだ。本当に嫌になる。

 近所のおばさんたち「お母さんに似て綺麗になった」と悪びれる様子もなく言った。

 悪びれる様子もなく。悪意の欠片もなく。

 善意とは忖度ある悪意よりタチが悪い。思いやりは時として人を傷つける。

 辛うじて髪型だけは母のそれとは違う。それだけが救いだった。

 私はシャワーを浴びるために風呂場へ行った。

 私の家の風呂は一般的な家庭の風呂とは違うらしい。これは健次の家で初めて知ったことだけれど。

 浴槽は檜風呂で、洗い場にはシャワーが3つ備え付けられていた。

 祖母から聞いた話だと、昔は反物を仕入れに来た客人をもてなしていたらしい。

 その名残で今現在も旅館のような風呂があるのだとか。

 控えに言ってどうかしている思う。普通は檜風呂のある家庭なんてない。

 シャワーで汗を流す。寝汗をかいていたので気持ちが良い。

 身体中くまなく洗う。陰部は特に丁寧に。他意はない。ちなみに私の陰部は未使用品だ。

 まだとってある。誰に最初に使わせるかは分からない。

 風呂場を出るとバスタオルで水滴を拭って、新しい下着を身につけた。

 脱衣所を出るとようやくこの世に生まれたような気分になった。やっと現実に戻ったような気分だ。

 再び自室の姿見の前に立ち、身支度を調えた。

「したら、行くか……」

 私は独り言を呟くと、そのまま待ち合わせ場所に向かった。

 待ち合わせ場所は前回のライブハウスだ。佐藤くんの話だと次のライブの打ち合わせがあるらしい。

 その日は久しぶりの晴天で、太陽は元気に地上を照らしていた。

 照らすというより、焼いている気もする。かなり暑い。

 今頃健次はどうしているだろう?

 汗まみれになりながらボールを追っているだろうか?

 私は健次がバスケットボールしている姿が好きだった。

 もし、栞が健次と付き合っていなければ応援に行ったかもしれない。

 仮に私が応援に行ったとしても健次は文句一つ言わないだろう。むしろ歓迎してくるはずだ。

 でも私はどうしても応援に行く気はしなかった。

 仕方がない。

 健次の彼女は栞で、私はただの腐れ縁。その事実は揺るがない。

 健次と栞の関係を認めた今でも少しだけ感傷はあった。

 その感傷は私を傷つけるほどではなかったけれど、私は酷く寂しい気持ちにさせた。

 たぶん、私は自分の『バジメテ』を健次に貰って欲しかったのだ。

 そのための未使用品。そのための『ハジメテ』だった。ついこの間までは……。

 我ながら自分が馬鹿で純粋で、同時に不純に思えた。

 気が付くと私は二条城近くのライブハウスの前に辿り着いていた。

 早すぎる蝉の声が耳に痛かった――。

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