2-14
相変わらずの曇天が京都の空を覆っていた。
通学の友に必ず傘を持っていく。それくらいの曇天。
健次はバスケ部で遠征中のようだ。
私の通う学校はバスケットボールの強豪高なのでこれはいつものことだけれど。
栞は今、吹奏楽部から文芸部に鞍替えした。二足のわらじというやつだ。
彼女は文芸賞応募のために『アルテミスデザイア』を書いている。
進捗状況は順調に遅れているらしい。
「うーん……。やっぱり難しい……」
「栞の作風偏っとったもんね。やっぱり青春小説って畑違いなん?」
「そうだね……。書き出して気が付いたけど、私って空想が得意でリアルな描写は苦手みたい……。ドラゴンと妖精はは書けるけど、リアルな人間がこんな難しいとは思わなかったよ」
栞にもそんなことがあるのか。と私は思った。
彼女ならどんな世界観もうまく表現できる気がしたのだ。
私は彼女から書きかけの小説を受け取ると目を通した。
「いや……。悪ないと思うで? たしかにいつもの栞の小説に比べたらちょっと物足りないけど、これぐらいがええんちゃう」
「そうかなー。私はもっと良い作品書ける気がするよ! 頑張んなきゃ」
ハングリー精神。栞の物狂いが始まった。
彼女は普段は優柔不断だけれど、創作に関してだけは妥協しない。
「ま、こだわり持つんはええことやな」
私は彼女の作った青春小説が楽しみだった。楽しみで仕方がない。
私をモデルにした小説。
私の欲望の物語――。
健次と栞が忙しくなると私は反比例的に暇になった。
クラスの他の生徒と多少は遊ぶけれど彼らとは茶飲み友達程度だ。
そんな私がやることなど2つしかない。勉強と歌の練習だけだ。
私が勉強をするのにはそれなりの動機がある。とてもシンプルでわかりやすい動機。
『学生は勉強して将来の選択肢を増やすべき』というのが私の価値観だった。
知見を広げ、学ぶ姿勢を身につけることは楽しい。しかも将来の役に立つ。
それに何より、歌手の世界に入ったら2度と勉強できないかもしれない。
私にとって勉強は空気を吸うのと同じくらい自然なことだ。
机に向かって知識と知恵を養うことの出来る今がすごく幸せだと思う。
若年性知識欲モラトリアム。
歌の練習は勉強よりも苦労した。技術的に難しかったわけではない。歌う場所がなかったのだ。
幼少期は家の中で大声で歌っていてもみんなニコニコしていた。
祖父母も父母も微笑ましく私を見てくれた。
しかし、小学4年生になったあたりから迷惑だと言われるようになった。
特に文句を言ったのは母で、彼女は私の歌声を聴くのが我慢ならなかったらしい。
『小さい子供やないんやから、大声で歌わんで! 恥ずかしい!』
母にはよくそんな風に文句を言われた。
母のその言葉は私を傷つけた。何もそんな風に言わなくてもいいのに、と。
父と祖父母は特に文句は言わなかったけれど、私を庇ってはくれなかった。
だから私は次第に自宅では歌わなくなった。歌えなくなった。
私が歌う場所はかなり限られてしまったのだ。悲しいけれど。
私は人の迷惑にならない場所を探してどうにか歌の練習を続けた。
人気のない公園やカラオケルームをよく利用した。
カラオケに関してはお金の都合で限界があったけれど。
必死に練習する反面、誰の意見も聞けないのは辛かった。
健次と栞にはたまに聴いて貰っていたけれど、それだっていつもではない。
私は早く家を飛び出したいと思った。そして東京に行ってデビューしたい――。
そんな鬱屈とした日常の中、再びあの男から連絡が来た。




