第一章 私なんかが、アイドルでいいのかな
「はい、そこ違う!」
音楽が止まった。
「……あ」
朝比奈こはるは、自分の足を見る。
右。
みんなは左。
「ご、ごめんなさい!」
「もう一回いこう」
イントロに戻る。
鏡の前には、16人。
中央には蒼井真姫。
その隣には、歌の上手い白藤莉歌。
ダンスが得意な子。
表情を作るのが上手い子。
一度で振付を覚えてしまう子。
みんなには、それぞれ何かがある。
そして――。
「こはる、また逆!」
「はいっ!」
また止めてしまった。
◇
休憩。
「つかれたー!」
次々と床へ座り込む。
こはるも座ろうとして――やめた。
鏡の前へ戻る。
右。
左。
ターン。
「違う違う」
もう一度。
右。
左。
「そこ、先に足」
声がした。
振り返ると、莉歌がいた。
「こう」
軽く踊ってみせる。
「あ……」
同じ振付なのに、全然違う。
「もう一回やってみて」
「うん」
真似する。
今度はできた。
「そう、それ」
「ありがとう!」
嬉しい。
でも。
莉歌が離れてから、鏡の中の自分を見る。
「……みんな、すごいな」
小さく呟いた。
同じRain Crown。
同じ16人。
なのに。
自分だけが、少し遠いところにいるような気がした。
◇
そんなこはるにも、一つだけ負けないものがあった。
「差し入れあるよー」
「何!?」
誰より早く振り返る。
「反応はや!」
箱を開ける。
「わあ……!」
目が輝いた。
「オムライス!」
「さっきお昼食べてなかった?」
「食べた」
「じゃあなんでそんな嬉しそうなの」
「お昼とオムライスは別だから」
「意味分かんない」
こはるは幸せそうに頬張る。
「おいしい……」
その顔を見て、みんなが笑う。
そして三十分後。
「……お腹痛い」
「ほら!」
「言ったじゃん!」
「胃弱いの忘れてた?」
こはるはお腹を押さえた。
「忘れてない……」
「じゃあなんで食べたの?」
こはるは顔を上げる。
「そこにオムライスがあったら食べるに決まってんだろーがよぉ!」
一瞬の沈黙。
そして爆笑。
「逆ギレ!」
「自業自得!」
こはるも笑った。
こういう時間は好きだった。
食いしん坊。
ちょっとぽんこつ。
それが自分のキャラクターになっていることも分かっている。
でも。
笑い声が落ち着くと、ときどき思う。
――私って、それだけなのかな。
◇
その日のレッスン。
新しいフォーメーションが配られた。
こはるは紙の上で、自分の名前を探す。
後列。
端。
「……うん」
驚きはしなかった。
中央には真姫。
前には、歌やダンスで目を引くメンバーたち。
理由は分かる。
だから、悔しがる資格なんてない気がした。
「こはる、ここね」
「はい!」
笑って自分の位置へ行く。
鏡を見る。
16人。
その中に自分もいる。
ちゃんといる。
それなのに。
十五人と自分の間に、
見えない線があるような気がした。
◇
翌朝。
まだ誰もいないレッスン場。
音楽が流れる。
「いち、に、さん、し……」
こはるが一人で踊っていた。
昨日間違えたところ。
止まる。
動画を見る。
戻す。
もう一度。
間違える。
「違う」
もう一度。
また違う。
「……もう!」
悔しくなる。
どうして一回でできないんだろう。
どうしてみんなみたいにできないんだろう。
でも。
音楽を戻す。
もう一回。
十回。
二十回。
やっと。
鏡の中の動きが、昨日教えてもらったものと重なった。
「……できた」
小さく笑う。
誰も見ていない。
それでよかった。
努力しているところを見られるのは、少し怖い。
こんなにやっても下手なんだ。
そう思われる気がするから。
だから。
誰もいないところでやる。
できるまで。
◇
数日後。
レッスンが終わると、スタッフが16人を集めた。
「次の新曲について話します」
空気が変わった。
「今回は、選抜メンバーでいきます」
こはるの胸が鳴った。
選抜。
その言葉は知っている。
選ばれる人。
選ばれない人。
「詳細は後日発表します」
周りがざわつく。
こはるは何も言わなかった。
でも。
帰宅しても、その言葉が頭から離れなかった。
入りたい。
思った瞬間、自分で驚いた。
――私が?
歌だって。
ダンスだって。
まだまだなのに。
「……無理でしょ」
口にする。
でも。
胸の奥から、別の声がする。
入りたい。
もっと前で踊りたい。
もっと歌いたい。
もっと見つけてほしい。
Rain Crownの16人の一人として。
ちゃんと、自分もここにいるんだって。
知ってほしい。
「……入りたい」
今度はか細いながらも声にした。
◇
それから、こはるはさらに練習した。
朝。
レッスン前。
レッスン後。
家に帰ってからも動画を見る。
胃が痛い日は、休みながら。
眠い日は、あと一回だけ。
できなければ、もう一回。
誰にも言わなかった。
期待して選ばれなかったら恥ずかしいから。
でも。
期待していた。
◇
選抜発表の日。
16人が並ぶ。
スタッフが名前を読み上げる。
一人。
また一人。
呼ばれるたびに拍手する。
真姫。
莉歌。
また一人。
残り、一枠。
こはるは両手を握った。
心臓の音がうるさい。
お願い。
一度だけでいい。
私を――。
最後の名前が呼ばれた。
こはるではなかった。
「以上です」
胸の奥から、何かが落ちた。
でも。
顔を上げる。
拍手する。
「おめでとう!」
ちゃんと笑えた。
◇
帰り道。
一人になった。
コンビニの前を通る。
新作スイーツのポスター。
いつもなら立ち止まる。
今日は、そのまま通り過ぎた。
歩く。
それだけ。
なのに。
視界が滲んだ。
「……あれ」
頬を拭う。
また落ちる。
悔しい。
こんなに悔しいと思っていなかった。
自分なんかが。
そう思っていたくせに。
心のどこかでは、
ずっと願っていた。
選ばれたい。
見つけてほしい。
もっと前に立ちたい。
「……入りたかった」
初めて、
誰にも聞こえない場所で言った。
「私だって……」
涙を拭う。
「選ばれたかった」
その日。
朝比奈こはるは初めて知った。
自信がないことと、
夢が小さいことは、
同じじゃない。
怖くても。
似合わないと思っていても。
それでも自分は――
誰より、
アイドルになりたかった。
ーー続くーー




