第6話:『2人目の補填と狂乱の伝染』
03:20……03:19……。
「うあぁぁあ! 酒だぁぁあ! ウイスキーじゃねぇかッ!!」
補充された巨漢の男——アルコール依存症の荒井が、野獣のような咆哮を上げてデスクをガタガタと揺らした。彼の鼻の毛細血管はすでにアルコールで拡張しきっており、赤ら顔の皮膚には無数のクモの巣状の血管が浮き出ている。長年の飲酒で壊れた肝臓をかばうように、右手が無意識に脇腹を押さえていた。
彼のデスクに置かれた高級ウイスキー。そして、少し離れた吉野のデスクにあるウイスキー。ふたつのグラスから漂う熟成された芳香が重なり合い、室内の空気全体を濃厚な酒の香りで満たしていく。
「ああぁ」
吉野の顔から血の気が完全に引いていた。もともとウイスキーの香りに必死で耐えていたところへ、荒井の狂気がダイレクトに伝染していく。吉野の指先がテーブルの上のグラスに向かってピクピクと痙攣し、手の甲には脂汗が玉のように浮いていた。
「おい若造! それ飲まねぇなら俺に寄こせぇえッ!」
荒井が拘束帯を引きちぎらんばかりの勢いで身を乗り出す。
「触るな! そのグラスに触ったらお前も死ぬんだよッ!!」
翔太が喉を潰さんばかりの声を上げるが、室内を満たす狂気の狂騒は止まらない。
その時、吉野の隣で異質な着信音が連続炸裂した。
詩織のスマートフォンだ。画面が狂ったように明滅し、通知バナーが次々と表示されては消えていく。
「嘘……私の……私の投稿、バズってる……? 『いいね』が……止まらない……」
詩織の瞳から、すっと焦点が消えた。
大滝の壮絶な死、荒井の咆哮、そして鼻を突く血と酒の匂い。過剰なストレスで麻痺した彼女の脳は、恐怖から逃れるために、目の前のスマホが発する「承認欲求の快楽」へと急速に逃避を始めていた。
「見たい見たい見たい見たい! 私の投稿がどれだけ伸びてるか、確認したい!」
詩織の白く細い指が、吸い寄せられるようにスマートフォンの画面へと伸びていく。
(まずい! 大滝の時と同じだ! 脳が恐怖を塗り替えるために快楽を求めてる!)
残り時間わずか2分半。
吉野と詩織、二人の理性が同時に崩壊の境界線を越えようとしていた。
02:30……02:29……。
翔太の全身から嫌な汗が噴き出す。
二人同時に自爆されれば、さらなる狂人が二人この部屋に放り込まれる。そうなれば間違いなく、連鎖的に全員が全滅する。
(考えろ! 詩織を止めるにはどうする!? 物理的に触れさせずに、脳の焦点を逸らす方法は——!)
(大滝の時は間に合わなかった。でも今度はパターンが読めている。彼女が欲しいのは「通知の確認」じゃない。「承認されてる実感」だ。ならば——)
「詩織!!」
翔太は己のスマホ——ガチャ画面——から無理やり視線を引き剥がし、彼女に向かって叫んだ!
「画面を見るな! お前の投稿はバズってる。『いいね』の数なら俺が保証する! だから画面じゃなくて、俺の声を聞け!」




