第5話:『限界のパチンコ』
04:44……04:43……。
「大滝さん、やめろッ!!」
翔太の怒号は、パチンコ台が撒き散らすけたたましい電子音にかき消された。
『激熱! 激熱! 激熱ゥッ!』
七色に明滅する狂乱の光が、大滝の血走った顔面を歪に照らし出す。彼の脳内では、何千何万回と繰り返してきた「当たった瞬間の快感」が津波となって押し寄せていた。消費者金融の催促電話も、逃げ出した妻の泣き顔も、このハンドルの向こう側にある「勝利」がすべてを塗り替えてくれる。そう信じ切った男の目は、すでに正気を失っている。
「俺は勝つんだ……! この手で掴み取るんだよぉぉおッ!」
大滝の右手が、吸い込まれるように金属のハンドルへ接触した。
ガタッ!
指先が冷たいハンドルを握りしめ、わずかに右へ捻られた——その一瞬。
プシュッ!!
坂本の時と同じ、無機質で冷徹な射出音が響いた。
「がっ!?」
首輪の側面から飛び出した毒針が、大滝の太い首筋に深く突き立てられる。大滝の目が限界まで見開かれ、パチンコ台に向かって伸ばされていた右腕がピクピクと大きく痙攣した。
液晶画面のなかでは、皮肉にも金色の豪華な演出とともに「大当り」の文字が誇らしげに躍っていた。
「あ……あ…」
大滝の口から血の混ざった泡が吹き出し、巨体がそのまま後ろへと倒れ込む。床に頭部を打ちつける鈍い音。そしてパチンコ台のけたたましいファンファーレだけが、静まり返った室内に虚しく響き渡った。
「嫌……嫌ぁぁああっ!!」
詩織が頭を抱えて狂乱の悲鳴を上げた。吉野は顔を覆いたい衝動に駆られたが、震える手を制御できず、ただ吐き気を催すように何度も嗚咽を漏らしている。
(また死んだ……! これで2人目だ……!)
翔太の全身に鳥肌が立ち、爪が手のひらに食い込む。大滝の自爆を止められなかった悔しさ以上に、翔太の脳を支配したのは、次に来る「確定した絶望」だった。
『脱落者1名。原因:依存対象への接触(右手)』
モニターから流れる、相変わらず無機質な機械音声。
『これより参加者の補充を行います』
ガコン……!
大滝が倒れたデスクのすぐ横、コンクリート壁が再び重々しい音を立てて観音開きに開く。
黒い袋を頭から被せられ、拘束器具で固く椅子に固定された3人目の補充者。ローラーコンベアがガタガタと音を立てて滑り出し、新たな「肉」を部屋の中央へと運び込んでいく。
翔太は呼吸を止め、息をのんでその光景を見つめた。
(来ないでくれ……頼む、これ以上狂人を増やさないでくれ……!)
袋が自動で勢いよく引き剥がされる。
そこに現れたのは、髪を振り乱し、眼球を異様なほど見開いた巨大な体躯の男だった。
「酒ぇええっ!! 酒を寄こせぇぇええッ!!」
補充された男は、着任した瞬間から獣のような咆哮をあげ、全身の筋肉を脈動させて拘束帯を揺らした。その口からは強烈なアルコール臭が漂い、腕には酒瓶で殴り合ったような痛々しい裂傷が幾重にも刻まれている。重度のアルコール依存者。その眼球はすでに人間のものではない。
そして、その男のデスクの引き出しが勢いよく開く。
そこに現れたのは、吉野の前に置かれているものと同種の、なみなみと注がれた高級ウイスキーのボトルだった。
03:30……03:29……。
残り3分半。カオスはついに、制御不能の領域へと突入する。




