第17話:『カウントダウンの狂心』
「余計な真似をするな、白木!」
翔太の怒号が部屋に響く。しかし白木は薄笑いを浮かべたまま、荒井の暴走を煽り続ける。
「だって翔太くん、他人の依存品を壊しても死なないんだよ? だったら邪魔なものを片付けたほうが生存率は上がるじゃないか」
「ウハァ……酒ぇええっ!!」
白木の口車に乗った荒井が咆哮しながら翔太のデスクへとにじり寄る。巨大な足が床を蹴るたびにドスッ、ドスッと重苦しい足音が室内に鳴り響いた。
(まずい! あの巨体で完全に踏み潰されたら、スマホの基板ごと破壊される!)
自分の依存対象が消滅した時、プレイヤーにどんなペナルティが下るのかは不明だ。だがこの悪意に満ちたゲームで「救済」など期待できるはずもない。依存品を失った瞬間に「即失格(死亡)」となる可能性は非常に高かった。
「ひっ……来ないで、来ないでぇ!」
荒井が近づいてくる圧迫感に隣の席にいた詩織が頭を抱えて縮み上がる。彼女は自分のスマホを白木に奪われたまま、為す術もなく震えていた。
「荒井! 目を覚ませ! お前の酒はそこにはない!」
翔太は叫びながら、必死に頭を回転させた。触れずに荒井の意識を自分のスマホから逸らす方法。
(そうだ、荒井が求めているのは『酒』そのものだ。画面に映るものや文字じゃない……!)
「吉野さん! あなたの目の前にあるボトルを荒井に見せろ!」
「えっ……!? いや、でもこれを見せたら取られちまう……!」
吉野はウイスキーのボトルを抱え込むようにして首を振る。彼の手は小刻みに震え、指の関節が白くなっていた。
「取らせるんじゃない! 視線を誘導するんだ! 荒井の意識を酒に向かせないと、俺のスマホが潰されるだけじゃなく次は吉野さんの酒が狙われるぞ!」
「ぐっ……!」
吉野の顔に葛藤が走る。今は安全な場所にある自分の酒を、わざわざ危険に晒すのか——。
しかし、翔太の言う通りだった。荒井の暴走を止めなければいずれ自分の酒も同じ運命を辿る。
「……わ、わかった! おい荒井! 酒ならここにあるぞ!!」
吉野が覚悟を決め、手元にあったボトルを高く掲げて叫んだ。
『サケ……?』
荒井の動きがピタリと止まる。
首がゆっくりと吉野の方へ向いた。
『酒ぇええっ!!』
ウイスキーの琥珀色の液体を目にした荒井の目がギラリと光る。濁った瞳孔が見開かれ、口の端から涎が滴り落ちた。
狙いを翔太のスマホから吉野のボトルへと切り替え、巨体が方向転換する。
(よし……! 誘導できた……!)
翔太が安堵の息を吐きかけた、その瞬間——。
ガコンッ! ガタタタタ……!
けたたましい機械音が鳴り響き、床のプレートが再び激しくスライドし始めた。
『シャッフルまで、3……2…1……移動を開始します』
無機質なアナウンスが流れ、部屋全体が回転するように配置を変えていく。
椅子が、デスクが、それぞれの依存対象が——目まぐるしく入れ替わる。
「うわああっ!?」
吉野が悲鳴を上げ、詩織が必死に椅子にしがみつく。
白木だけが涼しい顔で、詩織のスマホを弄びながら移動の振動を楽しんでいた。
ガタンッ!
ロックシステムが固定され、二度目のシャッフルが完了する。
翔太は慌てて自分の目の前を確認した。そこにあったのは——先ほど吉野が掲げていた、ウイスキーのボトルとグラスだった。
(また吉野の酒か……! そして俺のスマホは……)
視線を走らせると、ひび割れたスマホは部屋の反対側——白木のすぐ隣のデスクに移動していた。
「おや、これは運がいい」
白木がうっとりとした笑みを浮かべ、翔太のスマホを見下ろす。
「翔太くんの大切なスマホ、画面が割れてるけどまだ動いてるね。通知も来てるみたいだし……ねえ、ここで俺がこのスマホを踏み潰したら君はどうなるんだろう?」
「白木……!」
翔太の背筋に冷たいものが走る。
白木は荒井のような「衝動」ではなく、「明確な悪意」で動いている。そして彼の目の前には今、無防備な翔太のスマホがある。
残り時間23分30秒。
狂乱の盤面が、二度目のシャッフルによって再び塗り替えられた。
そして今度は、最も危険な男の手の届く場所に翔太の命運が委ねられてしまった。




