第13話:『欲望の兵器化』
第13話:『欲望の兵器化』
『00:00』
台座が静かに床下へと没し、5分間のインターバルが終了を告げた。
直後、壁の超大型モニターが真っ赤に明滅し冷徹な機械音声が室内に鳴り響く。
『これより第2章を開始します。制限時間:30分』
『30:00……29:59……』
カウントダウンが刻まれ始めた瞬間、室内の空気は第1章の時とは明らかに異なる「殺意」を含んだ緊張感へと塗り替えられた。
「グガァァアアッ……酒ェェエッ!!」
真っ先に動いたのは重度アルコール依存症の巨漢・荒井だった。
彼は自分のデスクに置かれたウイスキーには目もくれず拘束を無理やり引きちぎらんばかりの勢いで身を乗り出し、隣の吉野のデスクへ向かって太い腕を突き出した。
「お前の……その酒を寄こせェェッ!!」
「ひぃぃっ!? や、やめろ! 来るな!!」
吉野は悲鳴を上げ椅子ごと後ろへ後ずさろうとする。しかし吉野のデスクに並べられた黄金色のボトルとグラスは、無防備なまま荒井の手が届く距離に鎮座していた。
(まずい……! ルールを理解していない荒井が吉野の酒に触れればペナルティで荒井自身が即死する! だが)
翔太の脳内で即座に計算が走る。
(荒井が死ねば、またあの壁が開いて新たな狂人が補充される。しかも次の補充者がどんな依存症を持っているか分からない以上状況がさらに悪化するリスクの方が高い……! こいつは生かしておく方がまだマシだ)
「止まれ荒井ッ!!」
翔太の怒号が飛ぶ。
「お前が吉野の酒に触れたら、その瞬間に首輪の毒針でお前が死ぬんだぞ!! 他人の酒を触ってもお前には一杯も飲めない! 死体になるだけだ!!」
「うるせェェエエ! 酒がそこにあるんだよォォッ!!」
認知が歪み切った荒井には翔太の理屈すら届かない。巨大な手が吉野のウイスキーグラスの数センチ手前まで迫る。
その時だった。
「うるせえな豚が」
冷ややかな声とともに、ぬっと影が動いた。
坂本の後釜として補充されていた、あの自傷癖の男だ。
彼は自分のデスクから立ち上がると無駄のない動きで荒井と吉野のデスクの間へと割り込んだ。その手首に刻まれた無数の白い傷痕が、蛍光灯の光を浴びて不気味に浮かび上がる。傷痕の中にはまだ新しい赤く盛り上がった傷もいくつか混じっていた。
「な……んだお前はッ! 邪魔すんじゃ」
荒井が怒声を上げかけた瞬間自傷癖の男はポケットから何気ない動作で「あるもの」を取り出し荒井の眼前へ突きつけた。
それは銀色に光る、一枚の鋭利なカッターナイフの替刃だった。
(——刃物だと? 第1章で全員の持ち物は没収されていたはずだ。だがこいつは「補充者」として運ばれてきた。つまり、もともと所持していたのかそれとも……)
翔太の脳裏に、白木のデスクに置かれていた外科用メスがよぎる。
(運営が意図的に補充者に武装を許したのかもしれない。だとすれば補充者はただの「障害」ではなく、能動的にゲームを撹乱する役割を担っている……?)
「触ったらこれで目を潰すよ?」
男の濁った瞳には恐怖も興奮も存在しない。ただ「他人の皮膚を切り刻むこと」への淡々とした欲求だけが宿っていた。刃先が荒井の眼球の数ミリ手前でピタリと止まる。物理的な死の恐怖と、相手の正気を感じさせない虚無の瞳その二つが理性を失った獣の本能を一瞬で凍りつかせた。
荒井の巨体がピクリとも動かなくなる。
男は薄ら笑いを浮かべながら、翔太の方へゆっくりと視線を向けた。
「俺の名前は、白木しらき。……ねえ、そこの眼鏡君」
白木と名乗った男は自分の指先をカッターの刃でチリッと滑らせ、滲み出た鮮血を舐めとりながら囁いた。
「さっき『他人の依存対象を触らせて殺せる』って言ってたよね。それってさ……すごく楽しい殺し合いができるってことじゃない?」
ただの耐えるゲームは終わった。
他人の依存を「兵器」として悪用する相互干渉の地獄が幕を開ける。




