第12話:『終わらない悪夢』
『04:59……04:58……』
中央の台座に置かれた、無機質な5本のミネラルウォーター。
最初に動いたのは翔太だった。彼は立ち上がり、自分の足元がおぼつかないのを感じながらも台座へ歩み寄りペットボトルを1本手にとった。
キャップを外して一気に口に含む。渇き切った喉を冷たい水が通り抜け、収縮していた胃が痙攣するように波打った。
「……飲め。水分を補給しないと脳の判断力が落ちる」
翔太が短く言うと、吉野と詩織も這うようにして台座へ寄り震える手でボトルを手に取った。自傷癖の男も無言でボトルを奪うように掴み、一気に飲み干す。
荒井だけは「酒じゃねぇ……こんなもん酒じゃねぇ……」と毒づきながらも、猛烈な喉の渇きに耐えかねてペットボトルを口に流し込んだ。
(30分……。12分間ですら全員死にかけたんだ。その2.5倍の時間を、どうやって耐えろと言う……?)
翔太は空になったボトルを握りつぶしながら、壁の超大型モニターを見上げた。
『第2章:『相互干渉と偽りの協調』』
その文字の横に、新たなルールが血のような赤文字で追加されていく。
【第2章ルール】
・制限時間:30分
・本章では、他者のデスクに置かれた「依存対象」への接近および接触を解禁する。
・ただし、他者の依存対象に触れた場合、その対象の所有者ではなく「触れた者」にペナルティが適用される。
・第2章終了時点で、生存者が3名以上残っていた場合、全員に次の区画への移動権を与える。
文字を読み上げた吉野の顔が恐怖で引きつった。
「他人の……依存対象に触れるのが解禁……!? なんだよそれ……! じゃあ、人の酒を奪って飲むこともできるってことか……!?」
「ひっ……!」
詩織が短く悲鳴を上げ、自分のスマホを庇うように胸に抱きかかえようとして——第1章の恐怖がフラッシュバックしたのか、慌てて手を引っ込めた。
自傷癖の男は壁にもたれたまま薄ら笑いを浮かべてモニターを眺めていた。その両手首に刻まれた無数の傷痕が冷たい照明の下で生々しく浮かび上がっている。
「……へぇ。他人のを触ってもいいんだ」
彼が何を考えているのか、その濁った瞳からは読み取れない。
「それだけじゃない……」
翔太の冷たい声が室内に響く。
「『触れた者にペナルティが適用される』……つまり、無理やり他人のスマホを握らせてそいつを殺すことも、逆に誰かに酒を無理やり飲まされてこっちが殺されることもある。これが『相互干渉』の意味だ」
「なっ!?」
吉野が絶句する。
これまでの第1章は、あくまで「己の欲求との戦い」だった。自分の依存対象に触れなければ死ぬことはなかった。
だが、第2章からは「他人が自分を殺しに来る」要素が追加されたのだ。
「ぐ……ふふ……あははっ!!」
突如、床に伏していた荒井が不気味な笑い声を上げた。
血走った瞳をギラギラと輝かせ、彼が見つめているのは——吉野のデスクの上に残された、黄金色のウイスキーグラス。
「そうか……奪ってもいいんだな……? お前が飲まねぇなら、俺が奪って飲めばいいんだ……!!」
「や、やめろ……! 来るなっ!!」
吉野が悲鳴を上げ後ずさりする。
荒井の頭の中では「他人の酒を奪えば自分にペナルティが来る」という後半のルールなど、アルコールへの猛烈な渇望によって完全に吹き飛んでいた。つまり、吉野の酒を奪って飲めば荒井自身が毒針で殺される——その事実にすら、彼の壊れた脳は辿り着いていない。
(終わらない。地獄は、ここからが本番だ……!)
欲望を耐え抜く心理戦から、欲望を利用して殺し合うサバイバルへ。
狂人と依存者たちが渦巻く白い部屋で、翔太の本当の闘いが今、幕を開ける。
(第1章 『欲望の着火』 完)




