第11話:『最初の12分間の結末』
『——これより、第2章へ移行します』
頭上から響いた無機質なアナウンスの余韻が、白い部屋の壁に虚しく反響する。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ」
翔太はデスクに突っ伏したまま、肺の奥を焼くような荒い呼吸を繰り返していた。全身から吹き出した汗が服を肌に張り付かせ、指一つ動かすことすら億劫だった。左手の握りこぶしを緩めると、掌には強く爪を立てたせいで滲んだ血の痕が赤く残っていた。
生き残った。
12分間、確率とドーパミンの暴走に耐え抜き、生存率100%の選択を掴み取ったのだ。
「44……37……30……っ」
隣では、詩織が床に膝をついたまま、虚ろな目でまだ数字を呟いていた。やがて糸が切れたようにポロポロと涙をこぼし、「う……うぁぁあんっ!」と赤ん坊のように声を上げて泣き崩れた。
荒井は床に突っ伏したまま、激しい吐き気に襲われたように肩を大きく上下させている。吉野もまた、自分の膝を抱え込んだ姿勢のまま微動だにせず、ただ生きている実感を確かめるように深々と息を吐き出していた。坂本の後釜として補充された自傷癖の男も、血の混じった唾を吐き捨てながら、壁に背を預けて荒い息を吐いている。
(……5人、か)
翔太は重い首を持ち上げ、室内を見渡した。
坂本の胸郭を押し潰したバーベルも、大滝の頭蓋を砕いたパチンコ台も、そこにはもう無い。死体が転がっていた床のハッチはいつの間にか固く閉じられ、二人が存在していた証拠すら消し去られていた。残されているのは床に薄くこびりついた血の痕だけだ。
(自滅した奴らが間抜けだったんじゃない。脳のバグ——ドーパミンの期待値計算を狂わされた結果だ……)
翔太は冷徹に思考を整理する。情に流されれば自分の脳も狂う。ここはそういう場所だ。
「翔太……くん……」
かすれた声がした。吉野が涙と汗でドロドロになった顔を上げ、震える瞳で翔太を見つめていた。
「ありがとう……君が声をかけてくれなかったら……俺は……絶対に飲んでた……」
詩織も泣きじゃくりながら、救いを求めるような視線を翔太に向ける。
だが、翔太は感情を一切交えない冷ややかな声でそれを切り捨てた。
「感謝はいらない。俺は自分自身の生存確率——期待値を上げるために動いただけだ」
「え……?」
「脱落者が出れば補充者が来て、狂人が増える。そうなれば俺が巻き込まれて死ぬ確率が跳ね上がる。お前らを助けたのは、俺が生き残るための『計算』だ」
突き放すような翔太の言葉に、吉野は唇を噛み、詩織は泣き腫らした顔で呆然と翔太を見つめた。二人とも、その冷たさを「薄情」と断じることもできず、ただ救いの手を失ったような虚無感に沈んでいた。荒井だけが「万能の権利……永遠の酒……」と呪文のように呟き続けている。
その時、室内中央の床が静かにスライドし、小さな台座が競り上がってきた。
そこにあったのは、人数分——5本の無造作なミネラルウォーターのペットボトル。
『生存者への報酬として、5分間のインターバルを与えます』
アナウンスとともに壁の超大型モニターが瞬き、新たなカウントダウンと文字を映し出した。
『05:00……04:59……』
『第2章:『相互干渉と偽りの協調』/制限時間:30分』
ペットボトルに手を伸ばそうとした詩織の動きが凍りつく。
(相互干渉……だと……?)
翔太は額の汗を拭いながら、モニターの文字を睨みつけた。ただ耐えるだけの12分間は終わった。しかし、次に提示された「30分」という途方もない数字と「相互干渉」という不気味な言葉——それが意味するものを考えた瞬間、翔太の背筋を冷たいものが走った。
(もしかして……今度は他人の行動が、直接こちらに影響を及ぼすのか……?)
生存者5人の心に、さらなる暗い影が落ちていく。




