第10話:『ラスト30秒の攻防』
00:30……00:29……。
残り時間はわずか三十秒。しかし、その短い時間が永遠のように長く感じられた。
室内の空気は澱み、参加者全員の肉体はすでに限界を超えて痙攣している。詩織は両手で頭を抱え込んだまま、ボロボロと涙を流し、血の滲むような声で数を数え続けていた。
「44……37……30……っ」
その隣では巨漢の荒井が、床に額を押し付け、歯をガチガチと鳴らしながら全身の震えを抑え込んでいた。酒を断たれた禁断症状が全身を苛み、彼の喉からは獣のような苦悶のうめき声だけが漏れている。汗で濡れた巨体がガタガタと震え、幻覚から逃れようと固く閉じた瞼の裏で眼球が激しく動いていた。吉野は恐怖で気絶寸前となり、白目を剥きかけたまま自分の膝にしがみついていた。
翔太もまた、崩壊寸前の精神で己を繋ぎ止めていた。
目の前のスマートフォン。画面の中では、虹色のガチャ演出がなおも幻のように明滅し翔太を誘惑し続けている。
(あと三十秒……! ここまで耐えたんだ……確率の期待値通り、生還の確率を100%に引き上げるんだ……!)
翔太の指先が自分の意思とは無関係にピクピクと痙攣する。脳内ではドーパミンの奔流が暴れ回り、「たった一度……1回だけ引いてもバレないだろ」という甘い悪魔の囁きが響き渡る。
だが翔太は唇を噛み切り、流れる鮮血をそのままに頭の中で冷徹な計算式を反復した。
(引けば死ぬ確率100%。耐えれば生きる確率100%。計算するまでもない単純な二者択一だ……!)
00:10……00:09……。
カウントダウンの数字が残酷なまでにゆっくりと減っていく。
「うあぁぁあぁぁーーっ!!」
限界を迎えた荒井がついに絶叫とともにデスクに手を伸ばそうとした。だが翔太が血走った目で睨みつけ、「万能の権利だ! 永遠の酒を忘れんな!!」と一喝する。その言葉が最後の理性の楔となって荒井の巨体を押し留めた。
00:03……00:02……00:01……00:00——。
ピピッ、ピピッ、ピピピピ——ン!
甲高い電子音が白い部屋の静寂を切り裂いた。
『——制限時間、終了。第1章、参加者4名、全員の生存を確認。』
冷徹な機械音声が響き渡った瞬間、緊張の糸がプツリと切れた。
ガクンと力が抜け翔太は自分のデスクに突っ伏した。全身が冷や汗で泥のように重い。
生き残った。俺たちは、この地獄の12分間を生き延びたのだ。
荒い息を吐き出しながら翔太は床に崩れ落ちた仲間たちの姿を見た。誰もが死線を潛り抜け抜け殻のようにぐったりとしている。
だが、安堵に浸る間もなく頭上のスピーカーから新たな残酷な宣告が響き渡る。
『これより、第2章へ移行します』
終わりなき悪夢の幕が、再び上がろうとしていた。




