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博士転生〈戦国時代にユートピアをつくる〉  作者: ビアンコ
隠れ里編

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第七話 くノ一

=== 加賀の某山中にて ===


「御嬢、こっちに早く。もう里はお終いだ」


 遠くに焼き討ちにあって燃え盛る村が見える。

 忍び里の里長の娘である葵《あおい》(13歳)は8人の側仕えとともに、追手から逃げている最中だった。


 側仕えは全員女で、男衆は葵を逃すために後方で今も追手と交戦中だ。


「くそ! 上杉の手のものか。何者かの策略で、中立を貫いてきた我らが謀反人に仕立てられたに違いない」


 側仕えの一人がこぼす。


 その時、目の前に一人の男が現れた。長身で痩せ型であるが、防具の類はおろか武器も身につけていないので、森に迷い込んだ旅人のようにも見える。


「焔《ほむら》といいます。すみませんが、悪いようにしませんので、大人しく投降してくれませんか?」


 声だけを聞けば年若い男のようだったが、名乗られた名前に葵一行は驚愕した。


「焔? お前があの炎の異能使いか! 里を滅ぼしておいて、お前の言う事が信じられるか!」


「いえ、私は傭兵ですので、詳しい事情は知りません。今日は人も殺してませんし、ここを封鎖しろとだけ命令されております」


 焔の口調はあくまでも丁寧だが感情が全くこもっておらず、何を考えているのか分からない。


「黙れ、投降なんてするか!」


 侍女頭が、焔に向かって叫び返す。そして葵の方を振り返ると、声を落として続けた。


「御嬢、あれが噂の『焔』です。一人二人でどうにかなる相手じゃありません。私たち全員で足止めしますから、ここからは一人で逃げてください」


「……わかった」


 葵は一瞬唇を噛み締めてから、振り返らずに走り出す。


 かなり距離を稼いだ頃、はるか後方で轟音とともに巨大な炎の柱が上がるのが見えた。




=== 誠の隠れ里にて ===


 敦賀から逃れてきた誠一家は、隠れ里の山小屋で日々の生活を淡々と送っていた。


 衣類が不足するのを避けるため、誠は目立たないように敦賀の市場へ麻布の反物を買い出しに行っては、ストックしていた。麻布から衣類への加工は志乃と澪が担当していた。


 山小屋の作業場を紬にとられてしまったため、誠は自分専用の作業場兼寝室を離れに作ることにした。建設自体は異能を使うので数日で終わった。それからは食料調達の狩猟の合間に、いずれ市場に頼れなくなる時に備えて、麻布の自作方法を試行錯誤する日々が続いた。


 季節は流れ、夏がやってくる頃には、誠は14歳になっていた。


 最近の誠の課題は、遠距離攻撃の手段だった。

 以前の野武士戦での反省から、誠は残弾数に依存せざるを得ない弓矢に代わる攻撃手段を模索していた。その一環として、狩猟の際にはサイコキネシスで指先に高速回転する力場を作って、それを飛ばす練習をしている。


 最初のうちは、指先の力場(指弾《しだん》)を飛ばすイメージがうまく思いつかず苦労した。しかし、大量の圧縮空気を一気に解放して前方に飛ばすイメージに切り替えてからは、飛距離を稼げるようになってきた。


「今のところ、飛距離はせいぜい10mくらいだな、狩りには使えないか……」


 その後、力場そのものを銃身のような筒状に形成し、その中で圧縮空気を解放させることを思いついてからは、弾速と飛距離が飛躍的に伸び、実用レベルに達するようになった。


「この方法なら20m以上は楽勝で飛ばせるな」


 それでも改善の余地はまだまだあるので、研究者気質である誠の試行錯誤は続いていた。


 そんなある日、誠は珍しく狩りで遠出していると、人気《ひとけ》のないはずの森の中で人影を見かける。


「おかしいな、こんな所まで人が入って来ないはずなんだけど」


 その人影の足取りは、どこか頼りなさげだ。


「遭難者かな……一応、声だけでもかけるか」


 近づいていくと、相手は小柄な娘であることがわかった。誠をギョッとした表情で見ている。


「あの〜、僕は怪しいものではありません。ここへは狩りに来ています」


 弓矢と仕留めた野ウサギを掲げて見せると、相手も安心したようだ。


「もしかして、道に迷われましたか?」


 さらに近づきながら質問し、娘の風体を観察してギョッとした。

 暗い藍色の衣類は所々鋭利な切り口で破れており、破れ目から鎖帷子が覗いていた。


(鎖帷子……? もしかして、忍者? いや、くノ一か……忍びは身軽さを優先して着込まないことが多いと聞いたことがあるけど。よほど切羽詰まった事情があったのか?……)


「間違っていたらゴメンナサイだけど、もしかして貴方は忍びですか?」


 次の瞬間、目の前から女子の姿が消え、背後から苦無《くない》のような刃物が正確に頸動脈へ突き立てられた。


 誠はサイコキネシスの力場で体を防御していたため、傷つけられることはない。

 苦無が刺さらないとわかった瞬間、相手は背後に飛び退いた。


「あの〜、僕、貴方の敵じゃないんですけど」


 誠は相手の警戒心を解くため緊張感のない口調で話しかけるが、その軽薄な物言いが気に障ったのか、態度を益々硬化させた。


「正体を知られたからには死んでもらう」


 小柄なくノ一は苦無で的確に誠の急所を狙ってきたが、まるで見えない壁に阻まれるように弾かれ続けた。


 なかなか諦めてくれないので、誠は弱めの指弾をくノ一の鳩尾に至近距離から放った後、サイコキネシスで動きを封じた。鳩尾を指弾で強打されたくノ一は、横隔膜を痙攣させて呼吸困難に陥った。誠はしばらく待ち、くノ一の呼吸が落ち着いたのを見計らってから、会話を再開した。


「そろそろ話をしてもいいかな?」


「あなたは何者? この力は何なの?」


「僕の名前は誠、しがない商人の跡取り息子だよ。この力は僕の異能さ」


「異能?」


「そう、異能力。僕は物に触れずに干渉できるんだよ。例えば、こういう風に木の枝を持ち上げることもできる」


 近くに落ちていた枝を浮遊させて見せると、くノ一は唖然とする。


「それで僕の異能を見られたからには、君の選択肢は2つしかない。今この場で僕に殺されるか、僕に仕えるかだ」


 くノ一は一瞬だけ目を伏せてから即答する。


「わかった。私を殺せ」


「いやいやいや、そこは仕えるでしょ。ホント悪いようにしないからさ、騙されたと思って一旦僕の側近になってみなよ」


 誠としては、隠れ里での作業を手伝ってくれる助手のような人材が、喉から手が出るほど欲しかったのだ。


「そうか、わかった。一度は失った命だ。好きにするといい」


「それで、君を家族のもとに連れて行くにあたって、事情を把握しておきたいんだけど。話してもらえるかな?」


「わかった」


「まずは名前を教えてもらえるかな」


「私は葵《あおい》。7日ほど前、他の忍び派閥の策略に嵌められた。中立の立場を疑われて上杉に敵と見なされ、討伐の兵を差し向けられて里を滅ぼされた」


「そうか、大変だったね。追手は上手く撒けたのかい?」


「追手はおそらく全員返り討ちにできたと思う。ただ、人目につくと忍びの情報網にかかってすぐに追手を差し向けられるので、山奥まで逃れてきた」


 葵の表情は暗い。


「他の里の人は?」


「私は里長の一人娘だから、里の者や側仕えが犠牲になって、私一人を逃してくれた。襲撃者の中に強力な炎の異能者がいたから、生き残ったのは私だけだと思う」


「炎の異能者か……。事情は分かった。約束通り、君を雇い入れるよ」


 唐突に葵の腹が鳴った。


「お腹が空いているのかい?」


「里を出るときに持ち出した携帯食は、とうに食べ尽くした。ここ3日ほどは水しか口にしていない」


「じゃあ、ちょうど昼時――って、この時代は一日三食が普通じゃないんだったな。とりあえず何か腹に入れようか」


 誠は志乃が持たせてくれた玄米と雑穀の握り飯を、葵に差し出した。


「ぜんぶ貰っていいのか?」


「いいよ。僕は朝飯を食べてきたから」


 葵が食べ終わるのを待って、少し早めに山小屋へ帰ることにした。


「あなたのことは何と呼べばいい?」


「誠でいいよ」


「誠様……」


「様はいらないよ。これから家族になるんだから」


「家族……? わかった」


「ところで葵はいくつなの?」


「今年で13歳だ」


「妹の紬の一つ上だね。仲良くしてやってね」


「……」


「じゃあ、僕の家族が待っている山小屋まで案内するよ」


 誠は優しく葵の肩に腕を回し、サイコキネシスの力場で包むと、ホバリングしながら山小屋へ向かった。


「これも誠の異能?」


「うん、便利でしょ」




===


 二人は日暮れ前に山小屋へ到着した。


 山小屋に入ると、紬《つむぎ》と出くわす。


「大変だよ、お兄ちゃんが狩りに行って女の子を拾ってきた!」


 紬は葵を見るなり大声で叫び、志乃を呼びに走っていった。


 誠は早速、山小屋の茶の間に家族を集め、葵を紹介した。


「この娘は葵《あおい》、13歳。山の中で迷っていたので連れてきた。行く当てもないらしいから、我が家の一員にしたいんだけど、どうかな?」


 誠は一呼吸置いてから続けた。


「実は葵は忍びで、里を滅ぼされて本当に行く所がないんだ。僕が責任を持って一生面倒を見るから、どうかこのとおりお願いします!」


 誠は前世で培った土下座スキルを発揮し、全力で土下座した。一生面倒を見るというのは、もちろん「雇用主として」という意味だ。葵は横で土下座している誠を見て絶句している。


 姉妹のヒソヒソ声が聞こえた。


「お兄ちゃん、山で女の子を拾ってきたと思ったら、いきなり一生面倒見る宣言かよ……やっぱ頭のネジ、ぶっ飛んでるわ」


 姉妹は、誠の『一生面倒を見る』という言葉を、『嫁にする宣言』だと思い込んでいるようだった。


「紬! しーっ」


 姉の澪が紬を軽く窘めたところで、志乃がおもむろに口を開いた。


「誠が一生面倒を見るというなら文句はないわ。あなたもいいでしょ?」


 志乃は「一生面倒を見る」という言葉を、嫁として娶る宣言だと受け取ったらしい。突然の申し出に一瞬唖然としたものの、誠が真剣であることを察して同意したのだった。


「娘が増えるってことだな」


「ただ、商人の家の一員になるんだから、読み書きや算術ができるようになってもらわないと困るわ」


「その辺は僕がしっかり教えるから安心してよ」


「じゃあ、半年後にちゃんと覚えたかテストするから、それまでは試用期間ということでいいわね?」


「うん、それでいいよ」


「お兄ちゃん、葵ちゃんの部屋はどうするの?」


「今、僕が作業場にしている離れは広いし、部屋が余っているから、一緒にそこで寝泊まりしようと思っているよ。紬の部屋は取らないから安心しなよ」


「一緒に寝泊まり……」


 紬が、にやにやしながら小さく呟いた。


「それで、母さんと澪姉さんには葵の着物を作って欲しいんだけど、お願いしてもいいかな? 着の身着のまま逃げてきたから、無事な服が一枚もないんだよ」


「誠、わかったわ。任せなさい」


「姉さん、ありがとう。助かるよ」


「それから、夕食前に葵を風呂に入れて欲しいんだけど、それもお願いしていい?」


「わかったわ。新しい妹の面倒はしっかり見てあげるから、安心なさい」


「ありがとう」


 テンポ良く次々に決まっていくので呆気にとられていた葵だが、ようやく口を開いた。


「皆さん、不束者ですが、末永くよろしくお願い致します」


 横を見ると、葵が三つ指をついてお辞儀をしていた。さすが里長の娘で、立ち居振る舞いがしっかりしている。


 この後は、澪が厠や風呂に案内し、面倒を見てくれた。葵にも我が家の主力商品『乙姫』を渡し、使い方は澪に説明してもらうよう頼んだ。


 夕食時に再会すると、風呂で汚れを落とした葵の容姿に誠は愕然とした。澪に匹敵するくらいの美形だったのだ。


「葵って、スゴイ美人さんだったんだね」


 思わず考えていることが口から溢れてしまった誠だったが、葵は少し照れているように見えた。


 一方で葵は、山奥の山小屋に似つかわしくない風呂や水洗トイレといったインフラに驚愕したようだった。


「誠、ここの山小屋、あなたが全部作ったんだって。あなた、本当に何者なの?」


「う〜ん、機会があったら話すよ」


 転生者であることは秘密にしておいた方がいいと誠は考えていた。中身が45歳のオッサンだと知られたら、絶対に引かれるからだ。


 葵も風呂で我が家の女性陣と馴染んだようで、夕食では和気あいあいとしていた。


「それじゃ葵、明日から僕の仕事の手伝いをよろしくね!」


「わかった、誠のために頑張る」


 葵もやる気になってくれたようだ。

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